鞍馬天狗

夢寐のたわごと

伴侶(配偶者⇒夫婦)

とも【▽伴】 はん【伴】     
伴侶(はんりょ) 2 ともなう 連れて行く。おともをする 「随伴・同伴」〈バン〉ともなう
デジタル大辞泉
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りょ【侶】[常用漢字] [音]リョ(漢)[訓]とも  いっしょに連れ立つ仲間  連れ          
デジタル大辞泉
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「伴侶」、つまり、配偶者。 夫にとっては、妻が配偶者。 妻にとっては、夫が配偶者。 要するに、二人で一組。 どちらが欠けても、夫婦としては、成り立ちません。 「夫婦」は、一組がセット。

セット物なら、片方だけだと値段も安い。 セットで売れば、高くなる。 鍋には蓋と一緒で一セットになる。 蓋だけでも、鍋だけでも、どちらも半端もの。 片棒が二人で、「駕籠」を担ぐ。 片棒同士で夫婦になる。 相棒が居なければ、駕籠は担げない。 片棒だけでは、実は、一人以下。 片棒は一人前にもなれなれません。 「相」棒は、ただの片棒以上に大切だ。 

麻雀でも、世間の「一飜縛り」のルールでは、後付け「役牌」では上がれない。
後付けで無理をすると、騒動が起こる。 後付け奥様、旦那様、どちらも家庭に騒動を起し易いから、先に、冥土へは行き難い。 やはり、片棒だけでは、無理が起こる。 相棒は、殺さぬように大事に閉まって置くんだな。

セッテイング(設定)の当初から、設定を誤らぬように注意が肝要だ。 ミス・
マッチと言うことを良く言うが、芸能界などで、ミス・マッチが良く話題に登り、騒動に繋がっている。 当初から相棒の見極めを誤ると、「駕籠(家庭)」が途中で、よく引っ繰り返る。 「家族安全・平穏無事」。 

秋(あき)

清少納言より

 

秋は夕暮、夕日のさして 、山の端(は)いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ 二つ三つなど 飛び急ぐさへあはれなり。 まいて雁など連ねたるがの、いと小さく見ゆるは いとをかし。 日入り果てて 風の音 虫の音など、はたいふべきにあらず。

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秋の駅傍の辺り、夕日が沈む頃、寒い秋風に厚い上着の襟を立て、足早に帰宅を急ぐサラリーマンの群れ、彼らの瞼(まぶた)には、我が家の幸せで、温かい家族団欒の様子が、思い浮かべられています。 台所の炊事の音、並べられる食器のざわめき、燥ぎ(はしゃぎ)纏わり(まとわり)つく子供たちの声。

うつろな防衛大臣の答弁と国会の喧騒は、忍び寄る軍靴の響きと遠国の内戦の悲惨さ、難民の苦しみが思われます。 飛び来る弾丸、兵士の喚声、雷鳴の如き爆撃機や戦闘機の爆音、そこには家庭の団欒の欠片(かけら)もありません。 原子爆弾の閃光と轟音。 おぞましい死骸の山とビルの欠片。 焼け爛れた建物。 荒れ果てた都市。 黒い雨。 静かに横たわる山河。 

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春は曙。 やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

夏は夜。 月のころは更なり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。 また、ただ一つ二つなど、仄かにうち光て行くもをかし。 雨など降るもをかし。  
 
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
清少納言

自分独り なぜ人生は寂しい?

ブッダ仏陀)は、「独生独死 独去独来」(大無量寿経)と教えています。 これは、「独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来たる」と読みます。
初めから終わりまで独りです。 人生が寂しいのはそこに原因があるんだ、ということです。
私たちは、独り生まれて、独り死んでいかなければなりません。 人生に誰も連れはありません。
生まれてから死ぬまで孤独な一人旅です。 だから寂しいんだといわれているのが
「独生独死 独去独来」です。
(ウエキペデア)
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これを、現代日本語に言い換えますと、「自分」が常に(何時も)世界の中心にあるということだ、と思います。 生まれた時も、人生そのものも、死ぬ時も、「自分」の立場、視点、考え、感じ、が中心であり、それ以外のものは、全て「他」であり、自分ではありません。 

しかし、決して、「自我」が「他」に「優先」する、「優れて」いるという意味ではありません。 元々、「価値」の問題ではないのです。 没価値的に、自分が、あるがままの状態で、世界の中心だと言っているのです。 自分を離れては、世界はありえないと言っているのです。

自分が無ければ、考えることも、触ることも、味わうことも、聞くことも、悲しむことも、生きることそのもの、もできません。  押して、自分なのです。

しかも、自立(自律)しなければ、その「自分」もありません。

老人介護

「敬老」という言葉がありますが、「敬」されるべきは何歳くらいからでしょうか?
そもそも、「老」とは、何を意味しているのでしょうか? 単に、「年長」であるという意味でしょうか? そこまで、「老」の意味を広げると、「敬老」とは、年長者を「敬」することになります。 どうやら、先輩が後輩を、上級生が下級生を、古顔が新米を、甚振る(いたぶる)日本的パワハラの根源がこの辺にありそうです。

話がそれてしまいました。 元へ戻しましょう。 人間の寿命が、100年に伸びたと最近、盛んに言われるようになりましたが、人間の寿命を百年とする思想は、昔からあったのです。  江戸時代の本草学者貝原益軒(1630~1714)は、養生訓の中で、「人の身は、百年を以って(もって)期とす。 上寿は、百歳。 中寿は八十。 下寿は六十なり。 六十以上は、長生きなり」と言っています。

ともあれ、「老」の意味を、益軒の言うように60歳以上とすれば、混み合う電車やバスの中で、席を譲るべき相手は還暦を過ぎた人達ということになります。
だが、近頃は違います。 私自身(現在中寿の年齢)の体験から言うと、中寿以上の人を見かけて席を譲るのは、多くの場合、下寿の人、それも概して、下寿以下(中年)の婦人です。 「人生100年」の思想が、拡がり始めているのでしょう。

ここで一言、下寿より年齢の若い人は、どうかと言えば、問題外です。 余程疲れているのか、大抵の壮年者、若者は、「寝た振り」をしたり、スマホに夢中になったりしています。  度胸があって人前でも、堂々と老人に席を譲るのは、若い、それもうら若い女学生です。 いわゆる、「敬老の精神」に一番欠けるのは若い男性です。 青年には、「格好が悪い」、「恥ずかしい」の気持ちが強いのかも知れません。

最近は、中寿に至っても、元気な老人が多く居ます。 従って、「敬老」を押し売りするつもりはありません。 哀れを乞う気持ちもありません。 よろけてコケた場合は、別ですが、そうでなければ、電車、バスの中でも、立たせておいて下さい。 つり革にぶら下げておいて良いのです。 「天は、自らを助ける者を助けます」。 それでますます老人は元気付きます。 それでも、敢えて老人を助けようとするのなら、有り難くご厚意を拝受します。 やせ我慢はしません、やっぱり、疲れますから。

敬老は、老を敬するものではありません。 敬老は、弱きを助け、強きを挫く(くじく)慷慨(こうがい)の気、義侠の精神の現れです。 老人と言えども、哀れみは受けません。 慷慨の気なら受けましょう。 やたらに老人を保護することは、老人を弱化させます。 彼らに「健康」な長寿を与えるべきです。 そのためには、「過」介護はいけないのです。  

孤独死

先日、「孤独死」をテーマにしたテレビ番組を見た。 見ていると、語られることの殆どが「死」の話じゃなくて、「生」の話だった。  考えてみると、「死」と「生」は極めて個人的なイベントであるにもかかわらず、「死」面したことがあっても、実際に「死」経験した人が居る筈がないから、「死」そのものは生者が語れる話題ではない。 従って。この番組で語られていた全部が、死に備えるための「準備」のことであり、死に至るまでの生きている間の、家族を含めた社会への配慮であった。

番組で紹介されていた統計によると、生者(視聴者)が「孤独死」についてどの程度の関心を持っているかを報じるものであったが、大半の人が「孤独死」に関心を持っていることが判った。 「怖いもの見たさ」という言葉もあるように、誰も経験したことのない「死」という事件は、誰もが、恐ろしく感じるし、知りたいはずである。 しかも、この事件は、一度経験すると、元へ戻れない。 「試し」の効かない事件である。

その怖いものを、知ろうとする人間の心理を巧みに捉えたこの番組は、適切だったかも知れない。 誰しも、自殺者が「清水(寺)の舞台から、飛び降り」たり、走ってくる列車に飛び込んだり、また、服毒したりするときや首を括ったりするときの気持ちがどんな気持ちなのかを知りたいだろう。 

切腹の場に置かれた武士の気持ちはもちろん、自分がそのように死に向かったときに、古人が抱いたような「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」の覚悟に徹し得るものかどうかも知りたいだろう。 そこまで深い「死」に対する関心を持っていなくとも、多くの人は社会的に、「立つ鳥、跡を濁さず」と考え、自分の死後のことを考えているだろう。 

しかも、死は誰にも訪れる避けがたい運命である。 このように、色んな意味で人の「死」は、多くの人の興味を惹くテーマであり、誰もが否応なしに直面せざる宿命である。 だが、如何せん、このテーマに直に(じか)触れ、実体験を報告した事例はない。 

私も、目を背けたい(そむけたい)とは思うものの、死に、特に自分の死には関心がある。 「怖いもの見たさ」の心理は、いつの世も、誰の心にも、私の心にも、働いている。 怖いものの中の最も怖いものが自分自身の「死」である。 とくに「人知れず」自分独りで寂しく死んで行く哀れな自分の姿を想像すると、鳥肌がたつ。

兎に角、死は誰にとっても「孤独」であり、「心中」や「集団自殺」を図る気持ちも判らぬわけではないが、如何に友(?)が傍にいようとも、彼は傍にいるだけで、死に行くのは独りである。

生きている間に死後の事を考えて置くのは、他人に心を使う社会的配慮ではあるが、あくまで、人生最後の「生き様」であって、「死に様」ではない。 私は、死に様とは、死に向かう当人の心の持ち様だと思う。 当人のみが理解出来るものである、と考える。 他人が、死に様と言うときは、死人の身体を命のない物体と認識し、その物体の有り様(姿)を指しているので、死んだ当人の心とは関係がない。


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しに‐ざま【死に様】の意味
1. 死ぬときのようす。 または、 死んだようす。 死によう。  2。 死にぎわ。
出展:デジタル大辞典(小学館)
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死は、いずれにしても、当人のものであり、孤独である。 死を迎えるに当たっては、① 残る人達への社会的配慮と ② 死に行く自分の覚悟以外に意味のある話題はない。 とくに、死に直面する当人の覚悟と気持ちが、話題としての「孤独死」の中核となるべきだ。 

体調の節目

東洋医学の教科書ともいえる文献『黄帝内経(こうていだいけい)』には、「女性は7の倍数」「男性は8の倍数」の年齢の時に節目を迎え、体に変化が訪れるという記述があります。
(ちなみに、60歳超えると、この節目は、男女ほぼ同じものとなります・・・・・・編者)

自分の体は自分が一番よく知っている筈なのですが、若くて最も元気だった頃のイメージが強く残っていると、自分の体への過信から無理をしてしまい、体調を崩してしまうことがよくあります。 まずは今の自分の状態を正確に知ることが大切です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(養命酒製造株式会社)
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「黃帝内経」によれば、男女ともに70歳代に入ると①脾気が虚弱になり、食欲が不振、そして便秘や下痢が起こり易くなり、②80歳代に入ると、肺気が虚弱になり、風邪引きやすく、皮膚が乾燥し、咳が出やすくなる、③90歳代に入ると、腎気が減少し、④96歳超えると、長寿を寿ぐべきである。 ⑤100歳に至れば天寿を全うしたと言える。

還暦(60歳)、つまり老年期入口に来たると、男女共に、動悸激しく、息切れ、そして、疲労を感じ易くなり、不眠に悩むようになる。 老年に至って、若さを取り戻すとは、正しく50代以前の体調の戻ることであって、容易に果たし得るものではない。 然るに、日常、暴飲暴食を避け、体調維持を心がけて、栄養(食餌)摂取し、ゆるゆるとした運動に励むならば、若さを少しずつ取り戻すことも、あながち不可能ではない。

老年に至って事を果さんが為には、自らの却下(老体)を良く勘案して、何事にも「ゆるゆる」と励むことが肝要である。 「急いては事を仕損じる」の譬えもある。  息切れし、疲労しつつ励むのであるから、与えられた時間を十分活用して、ただ「ひたすらに、ゆるゆると」(亀のように)前へ前へと進むことが、「若さを取り戻す事」の秘訣である。

予想外という言葉もある。 事は常に「予想通りに成る」ものではない。 100歳(天寿)は、予想である。 天寿を超えることも、あながち不可能ではない。 事実、予想を超えた寿命を楽しんだ人達も多くいる。 例外のない規則がないように、例外を作るのも、また楽しい。

にらめっこしましょ

昔、この施設に、私にと同じ姓の入居者が3人居た。  「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」
の 類(たぐい)で、私の姓は、佐藤、鈴木、山本、安藤同様、極めて多い姓である。そこで職員達は、私をファーストネームに「さん」を付けてで呼び始めた。  ところが、不幸にして、私以外のお二人が先立たれた。  漸く、晴れて、私も、他の人同様、ラストネームで呼んで貰えるようになる筈であったが、「余韻」というものがあった。 

私は、アメリカ人と一緒に生活したことがあり、アメリカ人の友達が、大変多いので互いにファースト・ネームで、尻上がりの発音で呼び合うのには、ある程度は慣れてはいたが(ちょうど、トランプ大統領が、シンゾーと呼ぶように)、それでも日本の昔気質から言えば、「ラストネーム」で相手に呼びかけるのは、親子兄弟姉妹ならいざしらず、他人同士の間では、馴れ馴れしくて、失礼である。 

施設では入居者を呼ぶのには、「様」付けを奨励しているが、それではなんとなく白々しい。  と言って、「君」付けで呼ぶのは、男女(爺婆)の別がハッキリしないし、「先生」では馬鹿 ばかりに聞こえて気色が悪い。  といって、「チャン」じゃぁ子供ぽいし、「あんた」、「おまえ」じゃあ、夫婦じゃないからそらぞらしい。  「呼び捨て」という手もあるが、此処の爺婆は、それほど仲良くない。  せいぜい、「おい」がだろうが、この呼び方には、大抵の婆は慣らされはていても、爺の場合には、彼らの「矜持、識見」に関わる。  

アレやコレと考えた挙句が「黙んまり」である。 廊下で行き合っても、互いに「にらめっこ」しましょで、澄まして、通り過ぎる。 では、人間関係はどうなる? 人間関係だとのと、大層なことを言っても、認知症患者やボケ爺ばかりの間じゃ、「人間関係」なんて高等なものは、成立し得ない。 とどの詰まりが、「クソくらえ」に終わる。 斯く言う私も、施設の片隅で糞を食らっている。

 

自分の医方

保養の道は、みずから病を慎むのみならず、又、医をよく選ぶべし。 天下にも変えがたき父母の身、わが身を以(もって)、庸医(下手な医者)の手にゆだぬるはあやふし。 ・・・医師にあらざれども、薬をしれば、身を養い、人を救うに益あり。 されども、医療の妙を得ることは、医生にあらざれば、道に専一にしてならずして、成りがたし。 自ら医薬を用いんよりは、良医を選んで、ゆだぬべし。 医生にあらず、術荒くして、みだりに自ら薬を用ゆべからず。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(貝原益軒:養生訓。より)
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緊急なのに、医者やナースが傍に居ないことがよくある。 特に、自分自身は、もとより、身近な者の夜中の突然の発病がそうである。 その様な場合、僅かなりとも、医方を心得ていると役立つ事がある。 と言って、下手に自分で薬や手当を施すことは、危険である。 「応急」の手当のみで良い。

僅かな自分なりの医方の心得は、どのようにして獲得するか? その獲得には、華岡青州(と彼の母および妻)が行ったような「身を挺する方法」が一番である。 おそらく、言うことはできるだろうが、本当に「無病息災」な人など居るはずがない。 誰でも、病気になるだろうし、怪我はする。 自分の病気・怪我こそ、医方見習のまたとない機会である。 

自らの身体に起こる異変、その経過、医者が下す診断、処方、の注意深い観察が、「素人」医方の原点になる。 とい言って、過信は禁物である。 基本的には、病気の治癒は、信頼できる医者に任すべきではあるが、自分の身体に起こる病気の経過と医師の治療のあり方を注意深く観察して、許される範囲内で、自分なりの工夫、治療を試みてみるのが良い。

良医は、概して、応接が静かで、患者への指示が懇切である。 多くを語り、患者への指示が少なくし、自分の判断を確かめる傾向が医師にはある。 必要なのは、医師の判断よりも、患者の病気の治療である。 自分の判断に確信を持たない医師は、患者への指示よりも、自分の判断を確認したがる。 

素人が、医師の診断、処方に横から口出しするのは、医師に「煩がられる」ばかりでなく、医者の診療の妨げになる。 結果的には、自分の「損」になる。 病状の観察とさりげない医師への質問が、主たる自分の医方学習の方法である。 

当たり?

この種の施設に入居するには、若干の条件がある。施設側が設定する条件と入居する当人の身寄りの者が設定する条件だ。 施設側が設定する条件は、概して単純明白で、65歳以上の「訳のある」者であること、施設が「訳あり人」の面倒を見る(介護する)ための手数料、管理費、食費、などであるが、入居者当人の身よりの者が設定する条件は、複雑多様で、一概には説明できない。

インターネット通販などで、販売している物品に、一般の市販値段より予想以上に安い品物があるが、そうした物品には、大抵「傷もの」とか「わけあり」とかの但し書きが記載されている。 この種の施設に入居する人達は、一言に単純化して言えば、「わけあり」の人達が多いのである。 一番、良く見かける「訳(わけ)」は、身か、心か、時に両方の病気(病身)である。


この種の施設の入居者には、四六時中の介護(監視)を必要とする人が多いので、この種の施設の職員には、「夜勤」がある。 職員の数にも依るが、昨今は人手不足とやらで、一週間に一度は「夜勤」をする職員も少なくない。 夜中に勤務する職員数は、日中の職員数に比べると極端に少なく、少々、過重労働気味であっても、人が居ないから、仕様がないと言えば仕様がない。 

ところが、入居者も「訳ありとは言え、人間であるから、夜中でも動き回ることもある」。 また、夜中に「心臓発作をおこす」、「突然喚き出す」、」「転倒して、顔面や頭を机や椅子、便器にぶっ付ける」、など、緊急事態を引き起こすことも、稀ではない。

施設側としても、お金を貰って「わけあり」入居者を預かっているだけでなく、
人道的にも、こうした緊急事態を放りっ放しにしておく訳にはいかない。 職員の夜中巡回は常のことだが、緊急事態に遭遇すると、救急車を呼ぶことになる。 夜勤者は、通常、大きい施設でも、前述のように、日中の職員数に比べると極端に少なく、例えば、7~8人に、小さい施設なら、1~3人程度に、減らされている。 

緊急事態が起こると、登板(当番)の職員は、極めて忙しい状態に置かれる。 ある施設の職員の間では、このような忙しい事態に巡り合うことを「当たり」と呼んでいる。 幸い、いくら緊急事態に当たっても、霊柩車を呼ぶことはない。 最悪の場合でも救急車止まりである。 警察に依る検死が必要だからだと思う。 

私はそうした施設の一つに住んでいる。 「当たられた」職員は、気の毒だと思っている。 幸い、私は、「訳あり」じゃないので、職員に当たることはないが、安い(?)給与で、眠い眼をこすりながら、当たらている職員を見ると、同じ当たるなら、「機械(AI)」に当たれ」、と言いたくなる。

言葉も日本の昔流のしきたりも知らない外国人労働者を、介護の仕事に使え、と言っている議員さんや行政官僚たちも多いようだが、外国人が日本の昔気質の訳ありの人達に当たられたら、彼らはどうするだろう。  

彼らは、日本の病院制度、日本の昔気質の心を病む訳ありの人達、を扱うだけの「専門性」を備えているだろうか? 議員さんや行政官僚達ならどうする。 高い給与を貰っているあなた達なら、おそらく、国会での説明や回答のような御託(言い訳)を並べて責任の所在を誤魔化し、放り放しで逃げるに違いない。

外国人を介護職の教育を与えて、高い給与を与える? それなら、一層のこと、日本人労働者の給与を高くして、介護の仕事を「宝くじ」に当たった様な本当の意味の「当たり」にしてやって貰いたい。

成し遂げる

この動画は、幾つかのチャネルで何回も放映されたようなので、多くの人がご存知だと思うが、山の急な雪渓の斜面を登る羆(ヒグマ)親子の動画である。

親のヒグマを先に、子グマが後ろから付いて雪が積もった急斜面を登って行く。 急な雪渓であるから、絶えず滑るので極めて登り難い。 特に、こうした状況に慣れない子グマにとっては、登り難い。

さて、注目したいのは、子グマの方である。 本当に、何度も、何度も、滑り落ちる。 雪の無い山の地肌(岩盤)のところまで滑り落ちると、再登坂を始める(努力)。 親グマは、無事、上の雪の無い岩盤の平坦なところまで、上がりきって、後ろから、付いてくる子グマを上から覗いている。

見ていると、本当に涙ぐましい。 よくこれほど繰り返し登坂を試みるのか、小さな身体に秘められたエネルギーに呆れるほどである。 だが、登坂を繰り返すうちに、子グマは親グマの登っていった跡を登れば登り易いことに気付いたようである(真似る=学習=学ぶ)。 そして、崖の頂上の親グマに近づく。 親グマは手を伸ばし助けようとする。 しかし、親グマがリーチする直前で、また滑り落ちる。

しかし、この物言わない子ぐまは登坂を諦めない(この努力の力の根源は、何処のある?)。 親を慕う本能が、この力の根源であろう。 つまり、内発的な力である。 努力したとて、何の報いがあろう。 報いは、親の喜びのいななき(くまは「いななく?」)位である。 むしろ、喜びは、自分の達成感と親の喜ぶ顔にある。 斯くして、子グマは登坂に成功する。 上り詰め頂上に達した子グマは、再び、親グマに付いて、粛々と頂上の平坦な平野を歩いて行く。

自発=内発=自分、これが成功の秘密らしい。