鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

Publication Honesty(出版の正直さ)

外山滋比古氏の略歴を見れば分かるように、外山氏は、大変、経験の豊富な、90歳を超えて、今なお矍鑠と現役で活躍する、多産な著作、かっ幅の広い作家であり、学者であるり、私が尊敬する優れた人の一人である。 特に、著作(130タイトル以上)、および、編・共作・翻訳(併せて、約17タイトル)、中でも「いつ死んでもいい」、「思考の論理学」や「知的な老い方」、「幼児教育で。忘れてはならないこと」、「茶ばなし」と幅に広いことには、敬服する他は無い。 聞くところによると、「知的巨人」と渾名(あだな)されているらしい。 

 

しかし、これだけの巨人でも、ステップ・オーバー(Step-over:勇み足)をすることがあるようだ(もっとも、以下に述べる悪行(?)は、作者にとっては「冤罪」で、外山氏自身の発意ではなく、編集者(出版社)の方の勇み足かもしれない。 某出版社から平成26年8月に(初版!)として発行された外山氏の著作「元気の源、五体の散歩」が、全く違ったタイトル「歯切れよく生きる人」として(中味は、調味料=つまり、一つ二つの言葉)を入れ替え、加えただけで、初版(!)として、同じ出版社から出版されている。 

 

これは、著者の学問的識見に併せてintellectual honesty(知的正直さ)の理念を考え併せると、出版社(編集者)の売らんがために犯した誤り(?)に違いない。 こんなやり方で、刊行本の売れ行きを高目ようとし、この「巨人」に、濡れ衣を着せ、巨人の名誉を貶めるのは、極めて卑劣な行為である。 出版界では「版権の如何」を論ずるに喧しいが、Publication honesty (出版の正直さ)を考える心の「ゆとり」は無いのか?

 

最後に、この出版社(編集者)に、外山滋比古著「アイデアのレッスン」の終の部分にある「ヴァリエーションをつくる」をの節を、よく読むように、お勧めしたい(尤も、私見だが、この部分の著者の説明は、あまり歯切れがよくない)。 前述の二つのヴァリエーションらしい刊行物は、ヴァリエーションではなくて、99、99999.・・・・・%コピーだと思う。 「盗作」ではなくて、「盗版」なのである。 留めを刺すなら、前記の2書は、同じものを「発行年を遅らせ、タイトルを付け替えて発行(焼き直)した」いわば、紛い物のである。

 

なお、この2書の刊行に関わった編集者は、この事を承知していた気配があります。 というのは、この本の「帯」に、最初の版には、著者の年齢を「90歳にして健康診断、云々」と書いていますが、2回目の紛い物(文庫本)の帯には、「93歳」と書いています。 その通りです、3年経っています。 「人の噂も3年」と言いますから、3年経ったので「違った名前で出ています」。

クリント・イーストウッド

クリント・イーストウッド(Clint Eastwood(本名:Clinton Eastwood Jr.(クリントンイーストウッド・ジュニア)), 1930年5月31日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ出身の映画俳優映画監督映画プロデューサー作曲家政治活動家。 公称身長193 cm(6フィート4インチ)。 俳優として数多くの西部劇アクション映画に出演。   自身最大の当たり役であるハリー・キャラハン役を演じた『ダーティハリー』シリーズでスーパースターの地位を不動のものとした。 監督としても『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー作品賞アカデミー監督賞を2度受賞するなど、ハリウッドで長年活躍してきた俳優、映画監督である。(Webより)

 

幸い、最近の技術進歩のお陰で画像保存技術が進んでおり、しかも、映像フィルム(デスク)のレンタル・システムが発展していることと、私の好みに合っていること(ちなみに、私とクリントとは同年)などもあって、私は、彼が主演し、監督する作品を古いもの(西部劇)から現代物にいたる、殆んどすべてを鑑賞している。 彼が出演する映画のテーマの特徴を、私なりに要約すると「敢えて自分を犠牲にしても、何らかの正義のために戦う展開」である。

 

もちろん、「正義のために戦う」だけでは、アミューズメントにはならない。

若年の格好いい自分自身の仕草や(中年になった自分の)ラブ・ロマンス的要素、言葉(英語)表現(You make my day! 等)の巧みさなども、長い芸能活動では必要である。 年を取って、老いさらばえて出演する現代物映画では、不良少年(悪餓鬼)や女性を助演者に抱え込んだやや「お涙的」要素も加わっている。 何れにしても、ドラマは演技やストーリー(物語)展開のプロセスに見られるので、現実の彼自身や行く末の「彼(結果)」には見られない。

 

翻って、「結果」重視のビジネスには、物語は無い。 ときに、手段を選ばぬ悪辣さをも肯んじないやり方には、ストーリーは無く、ドラマも無い。 有るのは、冷徹な現実と結果のみである。 クリントは、ストーリーの人である。

そのストーリーを、面白く、おかしく展開するところに、彼の偉大さがある。この点は、どの演技者についても、言えることかも知れないが、私は、常に現実を離れて、ドラマを楽しんでいる。 

 

彼は、また真剣なクリスチャンらしい。 彼の演技には、宗教的センス薄い筆者には、容易に想像できない信仰の奥深さも感じさせる。

消え去った「談論風発」

談論風発」という言葉は、ありますが、最近は、とりわけ老人の世界には、その実態は無いように感じます。 それと言うのも、学生時代には居たような「風発」の相手が少なくなってきたからだと思います。

 

注: 盛んに語り論ずること。▽「風発」は風が吹くような盛んな勢いであること。

用例 

<岡本かの子・鶴は病みき>「ほとんどわめくようにマルクスだとかレーニンだとか談論風発を続け、果ては刻下の文壇をプチブル的、半死蛇等と罵ののしり立てる。

島崎藤村千曲川のスケッチ>「客が訪ねて行くと、(談論風発)する」

 

風発の相手が少なくなってきたのは、おそらく「同年齢」の仲間の数が減って来たからだと思いますが、その理由の最大のものは、彼等が死んでしまっている。 仮に生きているにしても、身体も気持ちも萎えて、外出をしなく成っている(寝たっきり!)。 しかし、それなら老人ホームのような「老人集会所」で生活すれば良いようなものですが、そうも行かないのです。 その他の理由としては、同趣味(例えば、ゴルフ、碁、将棋、麻雀、踊り、など)の人たちが少ない。 

 

同趣味の人が少ないのにも、それなりの理由がある筈です。 境遇(生活背景、育ち、教育程度、所属文化、所属地域、家産の程度、身分、等々)が違うのが、相互の交流を妨げているのでしょう。 相互交流(社会)が成り立っていなければ、談論を交わすこともありません。

 

その意味で、老人の世界は寂しい世界です。 共に立つ友達が、少ないのです。

いまさら、カントやマルクスも無いでしょう。 いまさら、自分の息子や娘とマルクス・レーニン主義を論じ立てますか?  文字通り「アホじゃなかろうか?」と識見を問われることにもなりかねません。 「友有った、遠方へ去った」。「我独り、ここに残る」。 

 

秋の空の下、木枯らしの吹く並木道を、タダ独りで歩いている。 遠くに、道の終わりらしい裸になった小さな墳墓のような丘が見えます。  友はいません。 ただ独りなのです。 静寂な、しかし体内の血流音とも、流れる風の音ともしれぬシュンシュンと音だけが聞こえます。 長い道のりでした。 既に終わろうとしています。

 

こうした静寂の世界、それが高齢者の世界なのです。 と言って、哀れみを乞うものではありません。 ただ、静かに(時には、騒ぎ立て)余生を生きるのみです。

譫妄(せんもう)よりの帰還

古い話だ。 鎌倉のある病院の病棟に居た。 何時ごろから居たのか、よく覚えていない。 ただ、病院のベッドで、随分長く生活していたように思う。 医者がときどきやってきたのを覚えている。 医者の顔も名前も、良く思い出せない。 彼は、男だったと思う。 中年の男だった。

 

ある日、その担当医師が「私は、転勤するんですよ。 その後の担当が、誰に成るかは分かりません」とその医者は云った。 頼りない話だ。 もちろん、そんなことは、どうでも良い。 なんとかなる筈だ。 転勤話をもち出した医者は、「私が担当する病気を扱う医者は、あまり居ないんですよ」と言っていた。 

 

恒例だったかどうか、よく覚えていないが、その日は、病室のあるフロアー(階)をウロウロと歩き回った。 窓際へ来た。 窓の外を眺めた。 付近の家々屋根が見える。 2階だな。 少し先に「さくら薬局」の看板が見える。 暫らく、眺めている内に、懐かしい感じがした。 おや、わが家の近所ではないか? そういえば、あの「さくら薬局」の看板は見慣れている! 

 

突然に「退院だ」と教えられた。 退院手続きを、誰がやってくれたのか、よく覚えていない。 その人が、手に持っていた、カルテらしいものをチラッと見たら、「精神科」という文字が目に入った。 俺は精神病?

 

何処へやら帰ってきた。 私が棲むところらしい。 仲間らしい連中が何人か居た。 食事は、共同で食うらしい。 そこから、その後、湘南鎌倉総合病院へ、時折、通うことになった。 

 

間もなく、近く(北鎌倉)の新築の共同生活施設へ移ることになった。 暫らくして、病院から移った施設で親しくなった老婆が、一緒に移ろう、と誘ってきた。 仲間の何となく少し頭が変だと思っていた奴が、先に新築施設へ移って行った。 暫らくして、移る予定だった新築施設の見学することになり、 見学に行ったが、一部建築中だった。 特段の感懐は浮かばなかった。

 

その新築施設へ移って暫くの間、湘南鎌倉総合病院へ通っていたが、ある日、担当の医者から、「病気は寛解しています」、と告げられた。 施設付きナースに、「寛解って何だ」と尋ねたら、XXさん「治った、という意味ですよ」と答えられた。 その後、私が住んでいた共同生活施設のことを「老人ホーム」と呼ぶということを知った。 キチガイ病院では、なかったのだ。

Intellectual honesty (知的正直さ)

いままで、Interectual honestyという英語表現には、筆者はブツかったことがない。 この表現を機械(コンピュータ)で訳すと、「知的正直」とぶっきら棒な表現になるが、他方、筆者なら、「知的正直さ」と訳したい。 洒落だが、僅かの「さ」で訳語の意味に暖かさが、こもるように思える。

 

知的正直は、 問題解決の適用された方法であり、多くの異なる方法で実証され得る偏っていない正直な態度によって特徴付けられる。

・自分の個人的な信仰は真実の追求を妨げるものではありません。

 

関連する事実と情報は、そのようなことが仮説と矛盾する場合でも意図的に省略されない。

事実は偏見のない形で提示され、誤解を招く印象を与えたり、ある視点を別の視点で支持するためにねじれたりしない。

参考文献、または以前の研究は、可能であれば認められ、盗作は避けられる。

ハーバード倫理学者ルイ・メイ・ゲニン(Louis M. Guenin)は、知的正直の「核」は、「欺瞞の誘因を与えられたときに欺瞞を避けるための善良な処分」だと述べている。

参考: ★議論や推論における意図的な間違いは、 知的不正直

ウィキペディア(無料辞典)より

 

私は、この文章を読んで、ショックを受けた。 自分に、そうした「正直さ」があるかどうかを疑ったからだ。 特に、「盗作」、そして「欺瞞」という言葉が刺激的だった。 ハーバード倫理学者ルイ・メイ・ゲニン(Louis M. Guenin)は、知的正直の核は、「欺瞞の誘因を与えられたときに欺瞞を避ける為の善良な処分」で表われると述べている。

 

ブログや著作を書くに際しては、何度でも盗作、剽窃(ひょうせつ)の誘惑に出食わす。 例えば、Intellectual honestyという表現を見つけたのは、戸川滋比古著「アイデアのレッスン(文庫本)」を読んでいたときだったが、この本の「カクテルにする」と題した節などは、全文を剽窃して、自作にしたいと思ったほどだった。 しかし、さらにゲニンの言う「善良な処分」の部分を読み進む内に、善良な処分(つまり、盗作は止め)ようと思うに至った。

いろいろな年

お年ですねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・慰めの年

お年ですから・・・・・・・・・・・・・・・医者の年(労りの年)

      ・・・・・・・・・・・・・諦めの年(投げやりの年)

老いぼれぇ!・・・・・・・・・・・・・・北朝鮮の年(軽侮の年)

敬老の日・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文科省の年

年だねぇ!・・・・・・・・・・・・・・・・詠嘆の年(自分の年)

「正月は冥土の旅の一里塚」・・・・・・・・・一休(和尚の)年

食事のブレイン・ストーミング

ブレイン・ストーミングと言うアイデア産出方法があります。 これを食事のメニュー考案に利用するのです。 すれば、食事メニューの改善、発案に効果がある筈です。 私は、食事について「メニュー・サーフィング」という方法を考えました。 このメニュー・サーフイングを複数の人にやって貰うのです。

 

参加者の選び方に、若干の工夫が必要ですが、例を挙げれば、例えば①食べる人代表、②料理人代表、③食材購入者代表、④食材製造者代表、⑤食堂経営者代表、⑥無関係者代表、⑦弁護士代表、⑧異種業代表を数名、⑨医師の代表、⑩看護師代表、etc.の十人(?)委員会を構成して、その一人一人にメニュー・サーフィングをやって貰い、その結果を毎週、一時間程度の食事メニューについての会議をして貰うのです。

 

基本的ルールは:

  • 会議毎に、司会者(リーダー)を決める。
  • 会議毎に、ノートテーカー(記録係)を決める。
  • 参加者は発表された他の人の意見を批判しない。
  • 参加者は自由に、思いついたことを発表する。
  • 発表される意見は、独自のものでも良いが
  • 既出の他の参加者の意見を組合せて、発表しても良い。
  • 諸文献、雑誌、テレビ番組、などの引用を発表しても良い。
  • 諸発表、談論、ので後で、約15分程度の時間を使って、司会者が、記録係のメモを参考に、それまでの全体の意見を(可能なら)纏める。
  • この会議から得たヒント、思い付き、などを参加者が個人的に利用して、経緯説明の上、世間へ自由に発表することを認める。

 

以上の説明では、仮に「十人委員会」としましたが、ブレイン・ストーミングを効果的に進めるためには,十人とは限りません。 制御出来る範囲内で出来るだけ多くの専門の異なる人達を数人が良いのです。 その意味では、5~6人が効果的かも知れません。 強いて、注文を付けるなら、専門の違う気の許し合える親しい人達で、グループを構成して、ブレイン・ストームするのが最良だと言えるでしょう。