鞍馬天狗

夢寐のたわごと

歴史

美の鑑賞(愛玩)と差別意識

「鑑賞」の立場は、鑑賞する側を「優位」に置く傾向がある。 逆の立場は、見下される立場である。 鑑賞の対象が、美術品や骨董品のように、無生物なら問題はないのだが、鑑賞の対象が人間であると、「差別」感を醸し出す。 鑑賞の対象となる「芸人(げいにん…

文筆と言語(方言)蝸牛考

以前より、江戸城開城に当たって、「薩摩の田舎から出てきた田舎っぺの西郷隆盛とシャキシャキの江戸っ子の勝海舟が、どのような言葉を使って談判したのか? という疑問を抱いてきた。 昨晩、テレビを見ていて、その一端が解き明かされたような気がした。 私…

他人(ひと)真似(まね)こそ進歩の始め

鉄道大臣さんのブログの何処かで言っています。 「真似るこそ学ぶこと」だ。「書写」とも言います。 生まれたての人間は、まっさらの白地の頭で、この世へ出てきますから、真似るための見本がなければ、学ぶことはできません。 「率先垂範」とも言います。 …

法を恐れるな、法を司る(つかさどる)を恐れよ ―法は轅(ながえ)のようなもの、舵取り次第でどちらへも傾くー

表題の諺は、帝政ロシア時代の諺をもじったものであるが、帝政ロシアの皇帝(ツアーリ)は、絶対権力を持っていた。 国法は、一応設定はされてはいたものの、実際は、適用の権力は皇帝の手にあった。 しかも、皇帝は法を、日常茶飯の事として曲げていた。 現…

青葉の笛(伝承=伝聞)

♬ 一の谷の、戦(いくさ)破れ 討たれし平家の公達、哀れ ♬ (尋常小学校唱歌:大和田建樹作詞=明治39年) アナクロニズムの誹りを恐れず、今日、鎌倉時代の人間に現代語、江戸期の言語を語らせるのには、いささか汗顔の気味は残るが、この時代には、筆者の…

歴史は繰り返す

歴史を通じて、同じ(類似の)主題の旋律が、装いや所を変えて、繰り返し流される事が多い。 その一つの例が、「孟母三遷」である。 古代中国の賢人は「三遷」と言ったが、「周囲の状況」は、三遷を必要とするほど、子供、そして人間の育成・成長に関わりが…

日本語

日本語は、便利な言葉である。 世界の全ての言葉を知っている訳ではないので、大言を憚るが、恐らく、世界でも数少ない便利語であると思う。 その便利語の最たる所以(ゆえん)は、漢字(漢文)、古語(大和言葉、平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸、明治・…

歴史学は、前へ進むため

「温故知新」。 故き(ふるき)を探って、新しきを求む。 懐旧のみでは、将来は探れない。 我々の将来は、昔に映っている。 前轍を踏むなかれ。 注1:おんこちしん(温故知新)【意味】温故知新とは、歴史・思想・古典など昔のことをよく調べ研究し、そこか…

視線(野)を拡げよ

幕藩体制が滅んで、日本は一つの国となった。 こうして諸外国勢力と対等の外交を図れるようになった。 この革新は、廃藩置県、士農工商制度の廃止、など、多くの痛みを伴った。 斯くして「国際(インターナショナル)」時代の夜明はあけた! 新しい時代には…

主体性と暗中模索

主体性とは、置かれた状況の中で、その状況を分析、確認した上で、自らの向かう方向の見当をつけて、その目標に向かって、自主的に進んでゆくことだ、と考えました。 行動の目標を他から与えられた上で、その目標に向かうのは、自律(自立)的かも知れません…

Freedom(フリーダム):2

土佐方言で語られたであろうアメリカで教育を受けた(バーレット・アカデミーで英語、数学、測量術、航海術、造船技術を学ぶ)中浜万次郎の日本語に依る建言は、幕閣の要人によってあまり重んじられなかった。 しかし、彼は、土佐藩で微祿ながら士分に取り立…

Freedom(フリーダム)

文政10年(1827年)に四国土佐の半農半漁の家の次男として生まれ、父を8歳の時に亡くし、病身の兄と母を抱えて幼い頃から家族のために働いていたこの少年は、寺子屋へ通う幸せにも恵まれなかった。 しかし、「禍福は糾える縄の如く」、「人間万事塞翁が馬」…

一帯一路

「一帯一路」は、途中の未開な諸国を継ぎ接ぎ(つぎはぎ)した現代のシルクロードです。 もちろん、現代中国の責任には帰すわけには行かないのですが、現代中国は、アフリカ諸国への投資を盛んに行っているにも拘らず、中国が主唱する一帯一路は広大なアフリ…

三矢の教え

有名な故事の一つに毛利元就(長州藩藩祖)があります。 ある日、元就は、自分の三人の息子、後の毛利隆元、吉川元春、小早川隆景、を呼び寄せ、一本の矢を取り出し、「折ってみよ」と命じました。 三人のいづれの子も、易々とその矢をおりました。 次いで、…

責任感

この言葉は、高校の英語授業で学ぶ英単語だと思うが、Responsibility(レスポンシビリテイ) と普通「責任(感)」と訳されている英単語だ。 この言葉はレスポンスする、つまり、責任に敢えて応える姿勢を示している。 さらに、社会人レベルになると、覚える…

教育レベル

昔から、日本人の教育レベルは高かった。 その高い日本人の教育レベルの勢いが、明治維新以後の急速な日本国の発展を可能にした。 丁度、矯め(ため)られていた弓つる(ゆずる)が、一挙に放なたれたように躍進したと思われる。 日本人の教育レベルの高さは…

筆談

江戸市民150万は、救われた。 諸外国列強の日本国侵略は回避された。 その切掛(きっかけ)は、山岡鉄太郎と益満休之助の事前会談、それに引き続く勝海舟と西郷隆盛の官軍江戸城攻撃直前の会談にあった。 幕末の国内の大名の数は、北は樺太、千島、北海道の…