鉄道大臣

夢寐のたわごと

英雄(えいゆう)

英雄は、いろいろな領域で生まれる。 歴史上は、政治(統治)、軍部(戦争)などが、英雄を生む主な領域であった。 この二つの領域で、偉大な功績を残したとされる人物は、現代の目で見ると、必ずしも「功績」ではなくて、人類に、いわば「害悪」、「障害」、「損傷=損傷」を残した人たちであった。 

科学、文学、音楽、絵画、その他の領域におけるいろいろな人間の営みにおける「達成」、「成就」を、政治家、軍人達が、利用(悪用)して、何らかの成果を挙げ、人々の喝采を浴びて、英雄と称えられるケースが多かった。 そして、人々は、そうした悪用の成果を「偉大な功績・功労」と褒めそやした。 最近の例を挙げれば、アインスタインとオッペンハイマー原子爆弾の発明がそうであり、古い例を挙げるとすれば、「死の商人」と(誤って)非難されたノーベルのダイナマイトの発明がある。

英雄は、何らかの業績について、称えられる。 英雄の「功績」という場合、何に対する功績かが、問われねばならない。 現代人の目で見れば、当然、人類の安寧、平和に対する功績が、英雄の名に値する功績である。 然るに、科学者の発明・発見を、いわば横取りして、科学者の功績を我が物としたのは、政治家である。 英雄が、もともと科学の世界で生まれているにも関わらす、その「手柄(?)」を奪って、英雄の名を政治家が唱えている。 政治家には称えるべき功績はない。 恥ずべきは政治家であり、政治家には非難すべき(悪行の)業績のみがある。

英雄を軍人の中に見る人は、「豪傑」と「英雄」を混同しているのである。 豪傑は、「やり方」の清々しさ、豪快さを誇る人たちであって、成果にはかかわりはない。 敢えて、死に立ち向かう豪傑は、存在する。 豪傑の潔さは、事を成し遂げる上での大和男児の心意気であって、成果・功績・名誉は、必ずしも追及しない。 

現在の日本に求められるのは、「真の」英雄であって、名や金だけを求める安っぽい人間ではない。

 

箍(たが)

香港で、若者達が自由を求めて争っている。 中国5000年の歴史を通して、こうした反乱は、何度も起こっている。  ギリシャ・ローマに始まる約3000年の欧州の歴史を通じてでも、このような反乱、ないし革命は、珍しくなかった。 早くは13世紀に始まる宗教革命、引き続く17世紀の名誉革命、などと何度も民衆の反乱は起こってきている。

民衆の反乱は、為政側や伝来の制度、風習による「緊縛(きんばく=しめつけ)」に対する「反動」である。 わずか2000年の我が国の歴史においても、例えば、15世紀の室町幕府による緊縛への反乱が起こり、蓮如聖人が率いる真言宗徒、そして土豪武士たちが結束した一向一揆が、例えば、領主富樫政親を滅ぼしている。

緊縛〔緊縛=締め付け〕は、当然、その緊縛を解こうと試みる反動〔解放〕を招来する。 この緊縛と解放(反動)が拮抗する中で、緊縛が勝り、反動が折れる事も、何度かあった。 勿論、その逆もあったので、現代は、世界の大部分〔中枢部分〕において緊縛が解かれ「反動」が勝っている時代である。 

宗教革命、名誉革命啓蒙思想時代〔17世紀~18世紀〕、そして現代は引き続いた反乱、革命を通して、伝来の制度、習慣、為政の緊縛から解き放たれた「文明開化」の時代である。 世界の多くの人々は、「解放」を謳歌し、既に文明(自由)の甘い密を舐めてしまった先進諸国の人達は、アフリカやその他の未開の土地、並びに世界の一部に残る独裁の「箍」から苦しむ人々を解き放とうとしている。

以上に述べた歴史は「緊縛」、言い換えれば「箍(たが)」、「枠」から、はみ出そうとする人々の力〔解放の力〕とのバランスとアンバランス、そして均衡・安定の歴史だが,この繰返しをそのまま当てはめる事の出来る自然(文化)事象がある。 その「当て嵌め(例え)」は、昔から民間で使われている木製の「樽(たる)」、「桶(おけ)」で、樽や桶は、「木」の水分を吸い膨張する自然の力を利用し、木片を枠として組み立て、(アジア、アフリカでは)竹や蔓(つる)を編んで撓めた(たわめた)帯〔箍(たが)〕の力で締めて、保水する容器である。 

枠(箍)と木片の膨張力の均衡を通し、強固な桶、または樽を作り中の液体を保持する有様は、現代の政治的「圧力」と民衆の「膨張力」の間の鬩ぎ合い(せめぎあい)や均衡に似ている。 現代社会は「押す」と「守る」、「縛る」と「跳ね返す」の均衡の上に安定を得て成立している。 そして誰もが求める「平和」は、「安定」の上にある。  

この「平和」の話は、「太陽と北風」の話にも似ているが、若者達の抵抗に苦しむ香港上層部は、中国に学ぶべきである。 さすが、5000年の文明の歴史を誇る中国、学ぶところが実に多い。 弾圧は、反抗を生む、いや産むだろう。 永遠の弾圧は、永劫の抵抗に繋がる。 「樽」や「桶」は、安定の上で、平和に役立っている。

翻って、世界の歴史を通して、各地で「緊縛」と「解放」が繰り返えされてきた。 「桶」や「樽」は、この二つの均衡の成功の例の一つである。 均衡の上に「安定」がある。 安定は平和、延いては、人々の幸せに繋がる。 「枠」が、自然なものであれば、安定を生み易い。 

私は、政治家ではないし、政治家のような悪徳漢ではない。 従って、「緊縛」を他の人に強制することは出来ないし、する気持ちもないが、「解放」の旗印を掲げるほど若くは無い。 従って、これら二つの相反する力がもたらす混乱の回避、安定の回復、平和実現の努力に容喙することは控えるが、評論することは出来る。 以上の評論をもって、この稿は終わる。

文化

アフリカ大陸にあるビクトリア瀑布(ザンビアジンバブエの国境)は、南アメリカイグアスの滝(アルジェンチンとブラジルの国境)に並ぶ世界最大の滝です。 これらの滝を目にした人は、その巨大さに驚嘆し、圧倒されます。 北アメリカのナイヤガラの滝などは、足下にも及びません。 何しろ大きいのです。 
我が国の栃木県の日光にある華厳の滝は、荘厳な滝です。 多くの日本人が、昔から、東照宮に並べて尊崇してきました。 近頃は、外国人すらも、華厳の滝を訪れ、その荘厳さに胸を打たれるようです。
滝は、大きいだけで人々を圧倒しますが、そこには「驚愕」があるのみです。 同じ滝でも、小さいながら、華厳の滝は、人々の尊崇を克ちとり、尊敬の念を呼び起こします。 そのような「念」を起こし、感じるのは徳川家康に纏わる歴史を知っている日本人だけかと思ったのですが、近頃は、日本史には関係の無い外国人までに尊崇の念を起こさしめるらしいので、「滝」はサイズだけで人々を驚嘆させるのではない、と思われます。 華厳の滝を拝んだ後の外国人は、東照宮を見て、既にその芸術性に驚嘆しているため、「おまけに=ついでに」華厳の滝にも驚いている訳でもないようです。
滝の「サイズ」自体は、自然の営み(いとなみ)です。 その自然の「あり方」は、個々の自然、自然によって異なると思います。 日光は、誰が選んだか、今日では知るよしもありませんが、兎に角良い場所を選んだのです。 その「選択」は、誰かの着眼であり、「人為」です。 たまたま、日光のような奥深い山の中に、中禅寺湖という湖があり、滝があるという土地柄を見つけて、その土地柄に徳川家康(権現様)という「もったい」を付け、滝の風景と重ね合わせて、「華厳の滝」の荘厳さを作りだしたのではないでしょうか? 
そう言えば、日本には「借景」の伝統があります。 自分の家の小さな庭の「背」景として、自然の風景を「拝借」して、あたかも自分の庭の一部であるカのように見せる、あのやり方です。 小ずるいと言えば、たしかに「小」狡いようですが、これは日本の伝統であり、文化です。
そう言えば、借景以外にも、日本文化は、いろいろな「技術」、「技巧」を生み出しています。 「築城法」も、その一つです。 世界では、日本にしかありませんが、「泥」と「木材」と「石」で美しい城を作る技術は、まことに芸術的です。 先の地震で、いまは残念ながら跡形だけが残っていますが、加藤清正が築いたと言われる「熊本城」は、日本文化の一つの跡であり、現在修復中の姫路城も、今ひとつの例です。 
日本の国土と言う(地震と火山ばかりの)自然は、天から与えられた物ですが、これを日本文化へ仕立て上げ、そしてそれを伝統の形で残してくれた原住民のアイヌの人達、聖徳太子菅原道真、多くの東南アジア、中国、朝鮮からの渡航人たち、紫式部清少納言西行法師、法然上人、親鸞聖人、源頼朝義経兄弟、太平記作家、戦国時代の諸大名、諸戦術家、関の刀匠達、剣術家、徳川家康、歌川清麿、葛飾北斎勝海舟福沢諭吉西郷隆盛、その他、諸々の名の良く知れた、そして諸々の名も知れずに亡くなった各地の里山に住んでいた庶民、長い海岸線に沿って住んでいた漁師達、など、各地、各時代の日本文化と伝統の先人達男女に大いなる敬意と拍手を送ります。
文化は「自然と人」との関わり合いの中で生まれます。 「関わり合い」がなければ、ただの「自然(が与えた物)」であり、「人」であるに過ぎません。 「関係(人為)!」、これが大事なのです。 極論すれば、関係が文化であり伝統なのです。 私の持論(誰かが既に言ってしまっているのなら、ご免なさい。 決して、版権侵害の積りはありません)は、「文化と伝統を育むのは人と自然の関係である」と言う主張です。 更に別言しますと、「環境(自然)と人の関係が、文化と伝統を作る!」です。 

ちなみに、このことを今は亡くなった私の先生で友人であったアメリカ人はTask relevantと呼びました。 この言葉を、日本語に意訳すれば、「課題対応」、さらには「状況対応」になると思います。 状況と課題(つまり、与えられた自然)と人との(の対応関係)が、文化と伝統を育むのです。

物量(ぶつりょう)あれこれ

【衆寡】 敵(てき)せず: 少数のものは多数のものに敵対しても勝ち目がない。※日本外史(1827) 「已而度 二 衆寡不 一レ 敵、自告 二 清盛 一 」
「此時かくの如き衆寡敵せざる大兵に向ふは、冒昧の挙に似たり」※西国立志編(1870‐71=自助論:スマイルズ著)〈中村正直訳>

出典 日本国語大辞典精選版
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昔、大和魂と竹槍をもって、物量を誇るある国からのB52の空爆に立ち向かった国がある。 もちろん、その国は負けた。 「負けるが勝ち」という言葉がある。 今、このざまである。 負けた相手に「へいこら」しつつも栄えている。現在は、世界でも、第三位の経済大国である、と称え(自分=自国で)ている。 現在、第二の経済大国と目されている国の人口は、10億を超えると言われている。 この国は人口に関する限り、世界一である。 だが、この国の物量は未だ乏しい。 この国は、物量に劣るとはいえ、金は(国民全体の金だと思われるが)ふんだんに持ち、その金を持って世界一の経済大国に挑戦し、世界を制覇しとしようと試みている。 ちなみに、前出典説明中に見られる「冒眛の挙」は、向こう見ずな試みを意味する。
第三の経済大国は、第一と第二の経済大国の狭間にあって窮するかと思いきや、第一と第二の国の「綱引き」を横で傍観する第三の経済大国は、「負けるが勝ち」の利点を活かし、両方の大国へ「へいこら」しつつも、「漁夫の利」が得られるように工夫し、苦心している。 もちろん、綱引きの後は、勝った方に付く。 それが漁夫の「利」である。 
国会においても、多数を占める「党」が、議案を通す。 従って、選挙に当たっては、多数が得られるように、嘘や誇大説明を行っても良い。 「勝てば官軍」である。 ただし、大きな違反はしない方がよい。 大違反は、後でバレルと、多数に傷が付く。 尤も、後でばれても、多数で押し切るという手があるから、バレテも、「シラを切る」ことが出来る。 選挙民は、概して、「愚民」である。 昔から、為政者は、「民は依らしむべし、知らしむべからず」言ってきた。
民が「愚」であるように、仕向けてきたのである。 これを「愚民政策(ポピュリズム)」と言った。 現代に至るも、民が愚民であり続けるように、為政者とその手下は、政府のいろいろな資料をごまかしたり、消してしまったりしている。 おまけに、「人の噂も75日」という。 悪事は、「千里を走る」かも知れないが、走る間に息切れがする。 そこが付け目である。 息切れの間に、悪事は消えてしまう。 
「恩讐(先の大戦と東北のお友達作戦)の彼方」に消え去ろうとし、先の大戦における絨毯爆撃と原爆の恨みは、いまは、「へいこら」作戦も手伝って、第三の経済大国は、第一の経済大国と世界でも稀に親密な同盟国になっている。 世の移り変わりは、怪奇、かつ不可思議である。  「昨日の敵は、今日の友」、いずれにしても、人の心は、物量へ傾く。 「質よりも量」。 「アナログから、デジタル」。 今後の世の帰趨が判るような気がする。

道具(どうぐ)

エジプトのピラミッドは、ご承知のように、巨大な石造建築物である。 あのような巨大な石造建築物を構築するには、余程の人力が必要であったに違いない。 もちろん、一人の人間に出来ることではない。 多数の人間が寄って集って組み上げたに違いない。 それにしても巨大である。 一つの石ですら、一人の人間が持ち運び出来る大きさではないし、ましてや、個々の石の総量の重さを考えると! 「梃子(てこ)」を使った? それなら判る。 

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概説[編集]
石器のように、切る、叩く、などして他に直接作用するものから始まり、近代のスイッチのように何かに間接的に作用するものまで広く発展している。   人類は道具を作り、使いこなし、さらに発展させる能力を持ち、これによって複雑な文明を形作ってきた。 道具は文化の重要な側面の一つである。 道具の分類として道具を作るための道具を「二次道具」として区別する説がある。 
かつては「道具を使うのはヒトだけ」と言われた。 だが現在では動物が道具を使用する例も多く知られており、特にチンパンジーは何通りもの道具を使うことが知られている。 カラスが木の枝を釣り針のように加工して毛虫をつる行動が確認されている。 そこで、そのような道具と人間の道具を比較した結果、「二次道具を使うのはヒトだけ」と言うようになった。
・・・・・・・・(ウイキペディア)
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たとえ梃子を使ったにしても、一人の人間が頑張るだけでは、あの巨大なピラミッドは作れない。 複数の人間がやったに違いない。

とすれば、その複数の人間を指揮監督した別の人間が居たに違いない。 力のある別の人間が居て、その人間が多数の人間を「道具」として使ったのだろう。
道具を使うと言う意味では、鳥やその他の動物でも道具を使う。 
例えば、鳥は餌として捕ってきた虫などを、木の枝にさしての残しておき、後で食べると言う目的のために、木の枝を道具として使っている。 だが、人間は、ピラミッドを作るという別の目的のために、他の人間を「手足」として使っている。 つまり、二次道具として、他の人間を使うわけだ。 鳥が使う枝と言う道具は、餌の保存だけが目的で、それ以上のものではない(解説参照)。 

道具としての人間には、柔軟性があり融通が利く。 極端な場合を云えば、二次道具としての人間がさらに他の人間を、いわば三次元的に、使うこともあり得る。 人間が作る組織・制度がそのようになっている。 組織の頂上に有る人間は、他の人間を重層的に使い全体として、巨大な力を発揮することが出来る。

このようにして発揮された一個人の力が、制度・組織を通して多数の人間を動かし、全体として巨大な力を発揮した例が、歴史上いくつもあった。 ローマ人は、長い年月と多数の人間の力を動かして、巨大な帝国を築き上げた。 ナポレオンは、フランス国民の力を借りて欧州を征服した。 中国の歴代の帝王は、時に長期にわたり、時には短い期間では有ったが、近隣の他の民族を征服して、極めて大きな帝国を築いていた。 歴代の日本の為政者とて、例外ではない。 近隣諸藩の人々を征服して日本を治めていたのである。ところが、道具として使われる人間は、自分の意思を持つ。 従って、人間は容易に他人のほしいままにはならない。 他人を道具として使うためには、他人の意思を制御しなければならない。 そこに為政者の側に「民は依らしむべし、知らしむべからず」の観念が発生する根拠が有った。 近世に至って一般の人々(庶民)が自分たちの力に目覚め、啓蒙思想が誕生し、王制とポピュリズム(愚民政策)が否定され、民主主義が唱えられるようになった。 これは人間の主体姓と人権を認め、他の人間を二次道具として使うことの反省の現われであった。 
人間の主体性が叫ばれ、人権が求められるようになった今日、個人の秘密が厳格に守られるようになってきた。 勢い、版権や占有権も主張されるようになってきた。 今や無形の「権利」が、人間生活の主題になってきている。 無形と言えば、個人の権利ばかりでなく、国家(集団)の権利・権力、財宝、あらゆる事物が無形化され、ヴァーチャルな無形の数字(デジタル)な道具が、人間の生活を支配するようになってきている。 キャシュレスで、ペパーレスな世界が現出しつつある。 道具は、無形化しつつある。 今の世界を見るが良い。 政治家達の口頭の陳述を聴いてみよ。 昔、ローマの民衆を魅惑していた単なるジュリアス・シーザーやオセロの雄弁も、強大な道具としての力を回復しつつあると言えよう。

第三の人間の心の要素

能力(キャパステイ)

意 味 (日本語): 収容力、収容、能力 
語源(ラテン語): L.capacis(広い)← ◇L.capere(=catch)
意 味 (英語) : (noun) The ability to receive, hold, or absorb.
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一般に、人間が心に収容しているものは、「理性」と「感情」の二つのように考えられているが、少なくとも、今一つ現代人が思付く心に収容するものがあるが、それは、「信仰」である。 「信仰」と取り立てて云うと、誰もが納得せざるを得ない第三の心の要素が、これだと思う。
無宗教だと言われる日本人でも、「信じる」と云われると心に思い当たるところが多い筈である。 奈良、平安京の昔から、神話、伝説、には、妖怪、神祇、死神、など「魑魅魍魎(ちみもうりょう)が一杯現れる。 神仏を信じ、神仏に念じて、魑魅魍魎を恐れつつ、幸運や神助を期待する「神頼み」の神が、誰の心の中にも住んでいるに違いない。
このように考えてくると、我々が論議を、理性と感情だけに基づいて行うのは間違っているように思われる。 「理」、「感(情)」に加えて、「信」をも併せて論ずべきではないだろうか。 早い話が、「孟母三遷」を取り上げても、孟子の母は、転居し、孟子を育てるに当っては、我々一般が担いでいるように、孟母も「縁起」を担いで、「偶然の神」が幸せに働くようにい願ったと思
う。
「信」は、我々を動機付ける強力な動因である。 だからこそ、広く諸宗教や宗教家が存在する。 宗教は、革命(一揆)はもとよりのこと、「政党」すらをも形成し、一国の政治・行政すら左右する。 戦争や革命すら引き起こしたこともある。 「信」は、庶民の心に根ざしているから、いくら政教分離を叫んでも、民衆の心が「信(神)」、「幸運」を手放さいのである。 極論すれば、「政教分離」は、近世(18世紀以来)の世迷言であった。 民衆は、常に、神仏を崇めて(仰いで)「信」で心を動かしてきた。

孔子は、「怪・力・亂・神」を語らなかった(述而第七)、と言われています。孔子は、恐ろしく合理的な、「情」もなければ、「信」をも持たない、理性の塊のような人であったのではないかと思われる。 要するに、孔子は通常の人ではなかった。 この人を基準に、普通のことを話すわけには行かない。
ともあれ、人間には未知のもの(絶対者)に対する「畏れ」の気持ちがある。 この畏れの気持ちは、人間行動に大きく影響する。 時に、理性にも勝る支配力を示し、人間の全キャパシテイや命までをも、コントロールするに至ることもある。 その誰にも内在す「力」を、善用(?)すれば宗教に繋がり、悪用すれば、詐欺にも繋がる「支配力」を発揮する。
例えば、この「信」が持つ内在力は、昔から諸々の「信仰=宗教」の振興・発起、や諸種領域のリーダーシップの原動力となり、人間の理性、感情を覆い隠して、いろいろな歴史的諸事件を引き起こし、歴史の流れを定めてきました。

美の鑑賞(愛玩)と差別意識

「鑑賞」の立場は、鑑賞する側を「優位」に置く傾向がある。 逆の立場は、見下される立場である。 鑑賞の対象が、美術品や骨董品のように、無生物なら問題はないのだが、鑑賞の対象が人間であると、「差別」感を醸し出す。

鑑賞の対象となる「芸人(げいにん)」は、昔は「下賤(げせん)の者」と受け取られる傾向があった。 これは、もちろん、侍という「士農工商」の最高位にあると自認する連中が勝手に言い出した主張である。 それを受けて(自分たちでも見下す事のできる一層下位の人間のレベルを心情的に求める)下位の「農工商」の人たちも、芸人を「河原乞食」と呼んで下賤の者と見なした。

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注1:士農工商(しのうこうしょう)とは、儒教において社会の主要な構成要素(官吏・農民・職人・商人)を指す概念である。「四民」ともいう。

・・・・・・・・・(ウイキペデイア)
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注2:現代語の「河原乞食」は、俳優などの芸能人が自らを嘲る呼称や、芸能人を蔑む呼称となっている。 東野圭吾の小説『手紙』でも、中卒の兄 (肉体労働者・犯罪者)を持っている主人公(小説版のミュージシャン、映画版のお笑い芸人)が富裕層から差別される場面が重点的に描かれており、芸能人が差別や軽侮の対象であることが暗示的に描写されている。

・・・・・・・・・(ウイキペデイア)
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歌舞伎(役者)の化粧、立ち居、振る舞いを美しいと感じた人たちは、争って彼等の「美」と「芸」を鑑賞に出掛けたと思うが、この辺りから鑑賞(愛玩)する側の意識に混乱が起って、愛玩と差別の区別がつかなくなってきたのではないかと思う。

「しとやか」、「艶(あで)やか」、「しっとり」、「優しい」etc.は、本来(?)これらの言葉は主として女性の美しさを形容する言葉であったにもかかわらず、これらを否定的に使って、彼女には「艶やかさがない」、「しとやかじゃない」、「しっとりしたところがない」、云々と女性差別用語として転用することが多い。

本来の意味を超えて、差別用語として言葉が転用され、混用されるのは、意識や言葉の改革が十分でないために、適切な言葉 が不足しているからだと思う。 
誰もが理解しているように、これらの言葉には、「差別」の意図は含まれていない。 

差別的であるか否かは、言葉を使う側の「頼り」、「頼りにさせる」意識の問題であり、こうした女らしい、また男らしい意識のあり方は、意識と言葉の改革を必要としている。 このような意識改革は言葉や文化の改革へも繋がっているから、言葉改革は、意識と文化の改革と並行して為されてい(るべきであ)ると思う。

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注3:しっとりとは?  ① (人が)落ち着いてしとやかなさま。
② 雰囲気が、しずかで落ち着いているさま。
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注4:おお しい 「雄雄しい・男▽ 男▽しい」
① 男らしくて勇ましい。いさぎよく力強い。 ⇔  めめしい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ウエブリオ辞書)
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対等(意識)は、「男らしさ」や「女らしさ」、を代償として成り立つ、ものかも知れない。 頼り、頼られない、どちら「らしくない」中性の誕生である。 言葉の中性化は、日本の伝統、そして文化を十分に破壊する恐れがあるが、既に、そうした伝統の破壊と変革は始まっている。 

現代に至って、女性の乱暴な言葉使い、男性のナヨナヨした言動は、世間でも珍しいものでは無くなって来た。 諄い(くどい)ようだが、意識と言葉の変革は、既に始まっている。 この変革は、日常の生活ばかりでなく、芸能、文学、音楽、美意識、などの分野でも、急速に動いて行くものと思われる。 代わって、電子科学、物理化学、情報科学、等の分野が、刮目すべき速さで台頭している。

銀杏返しに、黒繻子かけて♬の風情は、大正・昭和のものとなって、我々老人の頭の中で響くのみである。 平成の若者たちの耳には、ギターやウクレレの音響と共に、別の旋律が鳴り渡っている。 「光陰」は、意識や言葉と共に「矢の如く」走り過ぎてゆく。 90歳を目前に控えた私も、現代科学が人間の寿命を一層伸ばしてくれない限り、間もなく、この世界から別れることになる。

文筆と言語(方言)蝸牛考

以前より、江戸城開城に当たって、「薩摩の田舎から出てきた田舎っぺの西郷隆盛とシャキシャキの江戸っ子の勝海舟が、どのような言葉を使って談判したのか? という疑問を抱いてきた。

昨晩、テレビを見ていて、その一端が解き明かされたような気がした。 私の今までの推測は、おそらく、双方の方言では、詳しい意思は伝わらなかっただろうから、「文筆」で補っただろう、とう言う考えであった。

ところが、実際は知らないが、鹿児島、九州の果、でも、中央の言葉(京言葉)
が用いられた可能性もある。 テレビを見ていて、私が気付いたのは、東北の民謡に「京都言葉」が盛り込まれていることである。 気付いたのは、民謡の中に盛り込まれている「~せないかん」という言葉であった。 そう言えば、友人の説明から、多くの京都言葉に似た言葉が、北海道弁にも含まれていると聞いている。


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蝸牛(かぎゅう)とはカタツムリのことである。柳田國男は日本全国のカタツムリの方言(呼び名)を調べたところ、カタツムリの方言は以下の表のように京都を中心とした同心円状に分布しているという事実を発見した。

・・・・・・・・・・・・・(ウィキペデイア)
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せご(西郷)どんと江戸っ子の勝海舟が、文筆と京言葉に近い言葉で渡り合ったとしても不思議はない。 文筆と京言葉による補完なら、なんとか渡り合える筈である。 なお、実際には、下相談が事前に行われていたので「談判」もクソも無かったようである。 会談中は、西郷のあの大きな目で睨みつけ、ただの「にらめっこしましょ」、だったかもしれない。
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三月九日、山岡鉄舟慶喜恭順の意を伝えるべく勝の書を持って西郷を訪ね、山岡の決死の覚悟に西郷も交戦は避ける方向で対応する姿勢に変わり、三月十三日と十四日の二日に渡り勝と西郷が会見して、慶喜恭順の条件について、取り決めをしました。

・・・・・・・・(ヤフー情報)
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これで私の長年の疑問は,解けた。 胸にしこりを残すのは良くない。 一つの情報に拘るということは、大変なことだ。 少なくとも、私にとっては。

他人(ひと)真似(まね)こそ進歩の始め

鉄道大臣さんのブログの何処かで言っています。 「真似るこそ学ぶこと」だ。
「書写」とも言います。 生まれたての人間は、まっさらの白地の頭で、この世へ出てきますから、真似るための見本がなければ、学ぶことはできません。 

 

「率先垂範」とも言います。 率先炊飯する悪いXX大臣が居るから、悪い審議官や他の悪い大臣もいるのです。 その内に、国民こぞって、皆なが悪い奴にもなりかねません。 何処かの巨大大学のように、「おもてなし」どころか、虐め、いたぶりの日本になるでしょう。

 

翻って、同じ真似るなら、良いことを真似ましょう。 「孟母三選」の諺もあります。 覚え、学ぶのは、Situationalなのです。 何処かの国の大統領が、「何処かの大国が、権利金を払わないで、企業秘密を盗んでいる」と咎がめて、「関税を高くしていると、グローバルな批判の声も高いようですが?

 

我が日本帝国も、咎められて然るべきかもしれません。 昔、お隣の大国より
「漢字」という便利極まりない道具を教えてもらったはずですが、使用料は払ったでしょうか? 西欧の諸発明を「黙って使って」権利金や使用料、版権料を払ったでしょうか? 幕末、明治の頃は、無断で、欧米諸国の発明・発見を借用した筈です。 お蔭で、「先進国」の仲間入りをさせて貰ったのです。 

 

「権利金を払え」と嘯く西欧諸国さんすらも、ニュートンさんやコペルニクスさんに、ましてやアルキメデスさんにも「発見使用料」を払っていない筈です。 「権利金」なる不可思議なものを言い出したのは、17~18世紀からです。 啓蒙(?)思想が、蠢き始めた産業革命以降のことじゃありませんか。

 

羅針盤、紙、テコ、その他諸々の偉大で便利な発明・発見の使用料は、只です。
現代の便利な「大人の玩具」は、パソコン(コンピュータ)です。 この玩具を通して、多くの他人のアイデア、発明・発見、の産物を、多くの場合、無断で使わせて貰えます。 大体、人間は生まれたての頃は、汚染のない真っ白な頭脳だった筈です。 我々の成長は、他人のアイデア、発明・発見を見習うことで成り立っているのです。 アイデア盗用なくしては、成長はありません。


他人のアイデアを頂き、勉強しましょう。 他人の色々なアイデアを頂くのを怠ると、成長が止まります。 他人のアイデアを結びつけ、新しいアイデアを生み出すのは、進歩の証です。 最近は、アイデア使用の印(しるし)、礼儀として、出典を明らかにすることが求められるようになってきました。

 

しかし、公然の知恵の出典をいちいち明らかにするのは、人間の殆どすべての知恵が、先人、先駆者たちのアイデアの上に成り立っているのですから、煩雑を免れません。 アルキメデスコペルニクスニュートン等、諸氏には、目を瞑って貰って(既にそうしています)、無断借用しましょう。

 

このブログの内容は、以前鉄道大臣さんが発表したブログの内容と「同工異曲」の感を持たせますが、これも進歩の証なのです。

法を恐れるな、法を司る(つかさどる)を恐れよ ―法は轅(ながえ)のようなもの、舵取り次第でどちらへも傾くー

表題の諺は、帝政ロシア時代の諺をもじったものであるが、帝政ロシアの皇帝(ツアーリ)は、絶対権力を持っていた。 国法は、一応設定はされてはいたものの、実際は、適用の権力は皇帝の手にあった。 しかも、皇帝は法を、日常茶飯の事として曲げていた。

 

現代でも、国変われども、事情は全く変わらない。 事情を知らされぬままの国民は、議員を選出して政治に遠くから間接的に政治に関わるが、選らばれた議員の何人かがより集まり、多数を制して国の法を定める国会を支配し、守るべき法を歪めたり、新設したり、を勝手に行っている。 

 

帝政ロシアのツアーリを、現代の事情を知らない愚民が選ぶ多数(?)の議員に置き換えれば、この諺は、現代日本の事情にも通用する。 法を作り、司る者とは、すなわち、多数を制する「歳費と議員手当」に目の暗んだ「ならず者」の集団である。 このような政治のあり方を、世界では「ポピュリズム」と呼ぶ。 選出という民主的手段の名を借りて、「専制」を行う非民主的手段である。

 

ならず者集団は、多数の力を持って、恣意的に「法」を作る。 しかも、そうして作った法を、さらに名目をも作り、嘘で固めて「轅(ながえ)」のごとくに、自分たちの都合に合わせて、どちらへも曲げる。 ならず者(ツアーリ)を恐れよ。 ならず者を許すな。