鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

「大志を抱け!」の幻説

クラーク博士は、「大志を抱け」と教えてくれました。 この教えを学んだ頃(者たち)は、少年・少女でした。 今は? 大志は果たせましたか?  抱いたままですか?  その大志は、何処へ行きました?

 

思い起こせば、慚愧(ざんき)ばかりです。 「日、西山に薄る(せまる)」も、道遠くして、いまだ至らずです。 そういえば、日本人がよく使う定番の掛け声に「頑張れ!」があります。 だが、そうそう頑張れますか? 息切れがするのじゃありませんか? 今でも、頑張れますか? ちょっと、休みたい気分じゃありませんか? 偶には、遊びも良いじゃありませんか?

 

励ますのは、良いことです。 でも、励ます相手によりけりです。 息切れがするので、杖を突いて歩いている、爺さん、婆さんに、「頑張れ!」はないでしょょう。 少年・少女じゃないのですから。 

 

勉励、努力は、日本人の間で、ずぅーと、美徳とされてきました。 だから、勉励・努力を励ますのでしょう。 従って、艱難・辛苦を乗り越えて、日に夜を継いで、「頑張る」のも、美徳でした。 その結果、こうした美徳を目標やスローガンに置き換え、信条化、信念化して、従業員や世間向けて掲げる企業まで出てきました。 「錦の御旗」です。

 

錦(みかど)の御旗は、兵力、兵備上遥かに勝る幕府軍を、遥かに劣る兵力の薩長軍をして、鳥羽伏見の戦い、戊辰の役で破らしめたのです。 錦の御旗は、薩長の侍たちを励ます格好の道具にされました。 弱くても勝てるのです。

「宮さん、宮さん、御馬の前に、ヒラヒラするのは、なんじゃいな。 あれは、朝敵征伐せよとの錦の御旗じゃないかいな」。 頑張れ! 斯くして、西郷隆盛を総司令とする官軍は、遠く江戸まで進軍しました。

 

14歳の天才棋士も、29段(連勝)で止まりました。 もう数段は、遅かれ早かれ、登るかも知れません。 行き着く先の祭壇まで、時間が掛かっても、上り詰めるかも知れません。 ナポレオンは、欧州制覇の直前で立ち止まりました。 私の現役の時代には、日本の鉄道の主流は、狭軌鉄道でした。 それが広軌鉄道の新幹線へ発達し、間も無くリニアー・カーの時代へ突入するでしょう。

 

昔は、「高望み」という言葉がありました。 身(自分)の限度以上のことを望むことです。 昔は、「身の程(ほど)を知れ」とか、「分際」とか、とも言いました。 昔は、士農工商と「身分」が定められていたため、「分(身の程)」を知って、自分の「埒(らち)」を超えないことが、美徳とされていたのです。 しかし、幕藩体制が壊されて、明治の維新を迎えると、こうした「埒もない」ことは、忘れられました。 「埒」を破る時代が来たのです。

 

自分の「分」に相応した境遇を破って、分を超える成功、繁盛を許す時代が来たのです。 「応分」の境遇に甘んじる必要がなくなったのです。 高い目標や結果を掲げて、勉励・努力することを褒める時代の到来です。 この考え方に便乗(?)した、近代企業経営は、「Management by Objective(目標管理、または、目標による管理)という経営管理方式を発明しました。 この考え方では、「結果を挙げること」が、何事にも増して大切だ、と誤解されました。

 

この結果第一主義は、日本古来の「頑張れ努力」美風と良く合いました。 誰も彼もが、喝采をもって、この方式を歓迎しました。 結果として、企業内に〇十則」、とか、「わが社の信条、信念」とかを掲げて、社員や従業員を励ます企業気風が生まれて来ました。 「励まして、何が悪い」。 もちろん、悪い筈がありません。 これこそ、わが国、わが社の美風なのですから。 でも、某大広告会社で、自らを、そして周囲の喝采に励まされて(?)自殺に追い込まれる事態まで生まれてきました。 

 

英語に{Capacity Stretching Assignment}という言葉があります。 キャパシテイとは、「能力」、ストレッチとは、「引っ張り伸ばす」、アサインメントとは、「課業、または、職務」、をそれぞれ意味しています。 この言葉を企業内で使う場合には、全体として、「部下(相手)の能力を引き延ばすような職務を与える」ことを意味します。 要するに、職務割当を部下育成の手段に使っているのです。

 

目指す山(目標)は高い方が、潔い(いさぎよい)かもしれませんが、爺さん・婆さんには、高すぎる山は無理です(過ぎたるは、及ばざるがごとし、と言います=二重の意味で、「過ぎ去ったことに、及ぶことは出来ない」という意味でも、「過大な期待は、するな」と言う意味でも。 「分相応」の高さが、キャパシテイをストレッチするのです。 日が暮れ掛かかいても、なお道遠しと考える、頑張る年寄りにでも、「大志」は昔の夢です。 年寄りは殺さないこと。