鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

老人ホームの有料化

近年、高齢者の数が増え、それとともに老人ホームの数も増えてきています。 政府は、高齢者の加速度的増加を予想して、老人ホームの事業化、有料化を認め、幾つかの特例法を設定して、老人ホーム経営の奨励・進展を計かりました。 しかし、老人ホームの有料化、幾つかの特例法設置は、事業家の進出をも招きました。 「儲け」の進出です。 儲け(利得・利益)は、美しい花です。 その美しい花に、多くの蜜蜂やその他の虫も群がってきました。

 

機会あらばと、甘い蜜を求めて大小、色々な種類の虫が群がってきました。 建築業、食品業、その他、虫の種類は問いません。 兎に角、蜜を求めているのです。 大小サイズと問わない虫が入り乱れて蜜を求める内に相互間の競争が始まってきました.  虫同士が争う内に、虫同士の協力、合同、合併も行われ、競争は熾烈化してきます。

 

熾烈な競争の世界では、大は小を兼ねるどころ、大は小を圧迫し、吸収します。 この競争の世界では、全ての業態に於いて合併に合併を重ねて、企業グループのホールディングスという怪物を生み出します。 事業の巨大化は「諸刃の剣」です。 特定事業家を太らせ、他の相手をやせ細らせるばかりか、延いては、格差社会の醸成にも繋がるのです。 

 

翻って、老人ホームの世界でも企業の巨大化(事業化)によって、いろいろな利便と悪が生まれます。 利便は、もちろん、老人ホーム設立そもそもの目的であったのですから、言及は避け、以下の言及は、有料という「蜜(儲け)」を争う老人ホームが、生み出す[悪]の面への言及にとどめます。

 

契約変更

老人ホームへの入居は、当然のことながら当事者の間で、当初に契約を結びます。 この場合、一方は、もちろん老人ホーム所有者(経営者)ですが、他方は、入居者自身ではなくて、入居者の保護者(契約上は、普通身元引受人と呼ばれますが、一般に入居者の家族)です。  多くの場合、家族は、自分の親を入居させますから、いわば親を人質にとって(とられて)契約を結ぶ訳です。

 

このことは、大事な親を人質に取っているのですから、入居者の扱いは、いわば生殺与奪の権を与えられて、入居者(=親)を扱うのですら、「言いなり」に扱うことが出来ることを意味します。 このことが、どれほどの意味を持つかは容易に頷ける筈です。 

 

基本契約更改

合併を重ねると、先の契約を継続するか、新契約を結ぶか、が問題になります。

多くの場合、こうした契約の更改は、入居者が退去する場合は別として、経営者、それも強大な事業の方の経営者の「都合」に合わせられます。 例えば、ある巨大有料老人ホームの合併に於いて(対等合併であったと聞いていますが、かつ、どちらの経営者も入居者が保有する従来の権利は保証すると宣言していました)、どちらの老人ホームに於いても、同一老人ホーム(自有老人ホーム間内の転居・転室)は、追加料金を払うこと無しで出来るとう約束に成っていました。 しかし、合併先の老人ホームへの転居には、別料金(入居金、時として数千万円に登る高額の入居金が改めて必要になります)、が要求されます。 合併相手先への転居を希望する入居者(家族)は、「約束が違うじゃないか」と詰ら(なじら)ざるを得ません。 しかし、生殺与奪の権は、相手側にあります。 泣き寝入りです。

 

混住

老人ホームの有料化は、必然的に儲けの追求を伴います。 老人ホーム「儲け」を図るためには、入居者の勧誘・増加が必要です。 多くの老人ホームでは、自立者(健常者)、要支援1、要支援2程度の人(心身障害者、つまり車椅子に乗った身体障害者を含めて)の入居も認めています。 こうしてお金が払える人なら、できるだけ多くの人の入居を図ろうとします。 少々支援や介護の必要度が高くても、目をつぶって入居させようと勧誘したり、入居中に介護必要度が高まっても、(病院へ送ったり、家族に引き取りを依頼したりせずに)引き止めようとします。

 

かてて加えて、認知症患者も増えていますから、老人ホーム内のボケ老人、要支援老人、認知症患者(敢えて、彼らを異常老人と総括しますと)、老人ホームに於ける異常老人の濃度が少しづつ高くなって行きます。 他方、自立者は、多額の、ときに数千万円にも及ぶ前私金を払っていますから、金縛りに会っており、しかも、自分自身が体力・気力共に衰えた老人ですから、移動・転居の面倒さを避けたいという気持ちも働き、たとえ、仲間が異常人であろうとも、金と命が続く限り、そのまま現住の老人ホームに居続けようとします。

 

人間関係

健常老人と異常老人が混住する場合には、人間関係はもとより、社会そのものが成立し得ません。 関係が成立するとすれば、健常者が持つ嫌悪感、蔑視、憐憫の情、慈悲心、など、見下した上から目線の関係です。 本格的喧嘩(?)などの対等の関係ですらも無理です。 せいぜい、健常老人による異常老人の「いじめ」や無視(つまり、無関係)、異常老人同士の小喧嘩、例えば、「意地悪の仕合」、「叩き合い」、「口喧嘩」、「つねる」、「押し合う」、「引っ張り合う」程度の暴力です。 いささかの誇張を覚悟で言えば、有料「混住」老人ホームは、正に修羅場の展示場にほかなりません。

 

有料老人ホームの宣伝、広告、などに報告される「美しい老後生活」、「優雅な老後」、の絵姿、などは、家族と同居できる健常老人については、あり得ても、家族から厄介者として異常老人が「捨てられ」、家庭から弾き出された場所としての」現代の姥捨山有料老人ホームでは、夢のまた夢の絵姿です。 極言すれば、財産も、権利も、何もかも失った老後の「終の処所」が健常・異常混住の老人ホームだ、と言えなくもありません。

 

以上の説明では、老人ホームに於ける健常人と異常人との混住が、諸悪の根源であるかのように響いたかも知れませんが,根源は別のところにあると思います。 私は、根源は「金」、つまり「儲け」にあると思います。 もちろん、その金を求める人間の「欲」が最終的根源だとは思いますが、人間はそうした「欲」を自制出来る動物ですから、この問題は解決不能ではありません。 知恵のある動物である人間は、「自制」といった精神的な抑制ばかりでなく、システムや制度の改善・工夫によって、問題解決を図るべきなのです。

 

両者の隔離(?)を 試みている「企業」もあります。 しかし、企業である限り、金が絡んできます。 ある川崎市に存在する老人ホームでは、「タイムレス・フロア」と「保護フロア」に分けて、自立者と介護を必要とする人たちを分けて入居させていますが、この施設でも、この両棟(両フロア)の入居要件や料金を異ならせていると聞きます。

 

以上、長々とブログりましたが、私の現有する識見の限界が来たようです。

この辺で(私の感じでは、「ちょうど時間がまいりました」ではなく)、幕引きさせていただきます。 今少し、経験と勉強を重ねた上で、改めて、この問題についてブログりたいと思っています。 さらば!