鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

有料老人ホーム(続8)

近頃、老人が老人を介護する、いわゆる、「老々介護」の痛ましい事件が、新聞、テレビを頻繁に賑わすようになってきた。  介護する人も、介護される人も、そのどちらもが、「介護行為」によって「拘束」される状態である。 どちらもが、介護行為によって「縛り合っている」状態である。 抜き差しならない硬直の状態だと言っても良い。 一方が居なくなれば、他方も倒れる。 共倒れの状態である。 いや、ともだち(友達=供立ち)状態だ、とも言えよう。

 

高齢者の急速な増加とともに、「ともだち」状態も増えてくるから、従来からの方法では、高齢者の処遇は追付かなく成ってきている。 新しいシステム制度の構築が必要なのである。 もはや、「老人ホーム」を主体とした対策では追っ付かない。 (精神的)健常老人を主体とする老人相互による共立方式が必要なのではないだろうか? 先ごろ105歳の高齢で亡くなった日野原重明の生前の活動にあやかる老人による老人の救援が望ましく成ってきている。

 

提案:医療救護、災害時救援、日常の移動(交通)、などに対するアシスタンスとヘルプは、若者たちに任せるとして、日常の生活には老人たちの自助努力に任せる方式が新しい時代の老人処遇にふさわしいと思う。 これは行政の問題だと思うが、行政に携わる政治家の「革新的で発明な」制度の工夫が欲しいところである。