鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

持っそ飯

最近、私が棲む施設(格子無き牢獄)では、一階の食堂(ラウンジ)のテーブルのそのもの、および配置の模様替えが行われた。 横幅:差し渡し80~81cm(実測)縦約その二倍(目測)の長方形のテーブルが、二個を並べて4列に置かれ、入居者が対面して座って食事をするように設えてある(一人の持ち幅40cmへお膳を目に前へ置いて対面)。 筆者は、わずか一年年少であったため兵役(少年兵、少年航空兵)を免れたので(従って、今も生きている)、戦時、戦後の捕虜収容所の有様は、実際には目撃していないが、写真画像などでよく承知している。 これは、戦時下、戦後の捕虜収容所の食堂に似た状態である。 こうしたテーブルの配置を認め、実行する典獄(牢獄長)の無神経さ、無慈悲さには呆れる。

 

入居者の中には、嚥下困難のため食事中咳をする人がいる。 具体的には、その人は、男性であるため(咳の最中の口に手を当てる習慣を持たない?)。 同テーブルの他の人たち、特に対面して食事をする入居者、にとっては、迷惑この上ない。 未だ、目の前で、食事中に入れ歯を出し入れし、茶で洗い、ねぶり、歯に詰まった食べカスをせせる、などの人は、実見されていないが、これまでの経験では、大いに有り得る状態である。

 

「持っそ飯」は、一日2回の食事を待ちかね、日柄一日中、飯のみを夢みる、飢えた囚人の食らわせた飯である。 捕虜収容所じみた食堂で、口の臭い連中と、狭い持ち幅のテーブルで対面して食事をさせられては、まずい食事が一層まずくなる。 今は、一階止まりだそうだが、追々、この状態を2階、3階へ広げようと計画されているやに聞く。

 

こうした「格子無き牢獄」が、「拘束のない介護付き有料老人ホーム」の名目で、実在している。 この状態に抗議する(できる)人たちは、既に牢獄に繋がれている。 牢獄に繋がれた囚人たちを後見する家族(身元引受人)は、金は払っているが、実情に疎い。 実情は、雲と霞の彼方に薄れている。 抗議出来る筈がない。