鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

老婆心

よく言ったものです。 老婆心、つまり「お節介焼き」。 介護付き老人ホームは、基本的傾向から言って、老婆の館です。 総じて、女の方が長生きするのですから、仕様がありません。 言い換えれば、介護付き老人ホームは、お節介の館です。 かてて加えて、介護付き「有料」老人ホームとして、事業化を推進していますから、高額の金を払って「介護」と言うお節介、つまり拘束、を買っているのです。 更に、古手のベテラン・ヘルパーやナースが居るとなると、事態は絶望的です。

 

「拘束の無い」を謳う老人ホーム入居者募集の宣伝が多く見かけられますが、お節介の館では、「拘束のない」は、不可能です。 拘束だらけです。 この館では、強いて金で贖う(あがなう)必要もなく、介護(と言う名の拘束)付きなのです。 ♬ 今日も、コロッケ。 明日も、コロッケ ♬  こちら向いても、老婆・・・あちら向いても、老婆。・・老婆、老婆、・・・お節介、お節介、・・・拘束・・・拘束・・・なのです。 老婆は、お節介を焼くことに、「生甲斐」めいたものを感じているように思えます。 止むに止まれぬ気持ちから、老婆は他人にお節介を焼くのでしょう。 世話を焼かれる側は、時にそのような世話を迷惑と感じることがあります。 拘束されていると感じるのです。 だから、「余計なお世話だ」と感じるのです。

 

独り立ちを望む人にとっては、介護は拘束です。 老々介護では、介護する方も、介護される方も 両方が拘束(介護)し合っています。 一方が、他方に頼るのが「介護」と呼ばれますが、老々介護では、双方が介護しあって(一方が相手を助けることに生甲斐を感じ、他方が相手に頼ることで命を感じ)、共に立って(ともだちして)います。 この関係は、共倒れする関係でもあります。 老々介護は、正にそのような共倒れの関係を生み出します。

 

このような、介護付き老人ホームと言う名の古いシステムではなくて、共倒れ、共立ちの関係を打破する新しい高齢者処遇のしシステム、制度の確率が望まれます。 この新しいシステムと制度の構築は、行政の問題であると思います。 政治家、行政官が責任を感じ、対応すべき問題(いずれ彼らも、高齢者化するのですから)だと感じます。