鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

格子無き牢獄

昔、「格子無き牢獄」という題名のフランス映画があった。 女優:コリンヌ・リシユール主演の映画であった。 私が棲む老人ホームは「拘束の無い」有料介護付き老人ホームを謳っている。 車椅子に乗って生活する身体障害者はともかく、身体が健康体なら、外出は自由な筈である(最近は、車椅子に乗って街角を移動する身体障害者すら良く見かけるあ)。 「身体障害者ならいざしらず、「格子無き」は、個人の自由を唱える現代日本ではありえない。 

 

私の棲む老人ホームでは、一ヶ月に一回、「特別外出イベント」が催される。 特別な、概して高額の別料金を払わなければ成らないから、参加は「希望者」に限られる。 毎日、毎日、施設の中に閉じ込められている入居者、特に身体障害者にとっては、「外出」は特別なイベントの筈である。 別料金を家族に払って貰ってでも、イベント参加したいと、多くの人が希望する。 皮肉に言えば、施設側にとっては、加算料金徴収の良い機会である。 この機会を逃す法はない あの手この手、手を変え品を変えて、入居者慰労を名目に、目先の変わった特別イベントを考え出す。 何の事はない、名目だけの「有料希望者慰労」である。 高額の金を払えば、慰労して貰えるだけではないか!

 

そもそも、介護とは、拘束であり、保護、見守る、など、家族には手に負えない厄介な親や年老いた親族を「監視」することではなかろうか? 家族の厄介者を「拘束付き」で、「人質」に入れ、預かって貰う現代の姥捨山が、いわゆる近代的老人ホームに他ならない。 

 

老人ホーム入居には、「身元引受人」を立てねばならないが、何のために、身元を「引き受ける?」 窃盗、毀傷、乱暴、自殺、等、警察沙汰を予め予防して置くため?  死後の死体引き取りのため? 施設に与える損害賠償のため? 厄介者牢獄釈放後の逃亡防止のため? その他に、身元を引き受ける根拠として、何がある?

 

入居者の間では、彼らの若かりし頃、鑑賞し、感激した映画、「格子無き牢獄」が、自虐的に囁かれている。 コリンヌ・リシュールの美しい姿が、今もなお、記憶されているのである。