鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

我が老人ホームの地勢

私が棲む老人ホームは、東希望が丘の中腹に位置しています。 希望ヶ丘は、何連かの、少なくとも3連の山並(やまなみ)で形成されています。 南希望が丘、中希望が丘、東希望が丘の3連です。 何れの山並も、二俣川地域から三ツ境地域へかけて東から西へ併行して走っています。 最北の列となる丘並が、東希望が丘の山並みで、その山稜を二俣川地域から三ツ境地域へかけて約6キロメートルの旧厚木街道が走っています。 新厚木街道は、東希望が丘の山並みと中希望が丘の裾の間を、旧厚木街道に寄り添うように走っています。

 

我が老人ホーム(以下、Rコム)と略称)は、東希望が丘の山腹に溜った水が形成した池を埋め立てて、その埋め跡地に建設されたようです。 崖(つまり、昔の池の縁)に面しています。 その縁の先は、さらに一段と高くなっていて、その先は新厚木街道に向かう下りの急坂です。 その急坂のいっそう先は、なだらかな下り坂に成っていて、この二つの連続する下り坂の中間を新厚木街道が走っています。 二つの坂の麓には、相鉄線、希望が丘駅が存在しています。

 

Rコムは、新旧両厚木街道の中間(一方は坂上、他方は坂下)にありますから、足の弱い高齢者は、容易にこの地から外へ出ることは出来ません。 いわば、天然の牢獄です。 外へ出る時には、タクシーを利用することになりますが、タクシー利用には、健常でない限り、介護人の同行が義務付けられています。 しかも、介護人(ヘルパー)を頼むと、タクシー代の他に別料金を徴収されます。 2重3重の「格子」なのです。 

 

姥捨山という言葉がありますが、この地は、姥捨丘です。 限られた数の知的に健常で、適度に体力のある老人は、この丘から、比較的自由に外出しますが、とはいえ消灯時間(門限)が定められていますから、たとえ、金と時間を持っていても、夜間の飲み歩きは出来ません。 従って、夕暮れに、居酒屋へ行くことなどには、考えも及びません。 若い時代の夢は、消えてしまっているのです。 夕暮れの灯火(ともしび)は、二度と点かないのです。 夜の語らいは、二度と戻ってきません。 酒を飲んでの親しい友との夕(ゆうべ)の語らいや時勢を論じる談論風発は、夢のまた夢です。 無残な老後の生活なのです。

♬、日暮れて、通うは我が家の細道 ♬ などは、有りはしないのです