鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

有料老人ホームの混住が抱える弊害 (金儲け主義老人ホームが齎す問題)

高齢者になると、老衰の結果体力が衰えることはもちろんですが、老耄、認知症、など、知力の面でも衰え、自(自他)を認識出来なくなる人が、程度の差があるにしても多くなってきます。 その結果、日常の生活の上でも、色々な問題を起すように成ってきます。

 

知力の衰えた老人は、暴力を奮ったり、常軌を逸した行動に及んだり、特別の介護、保護、介助を必要としたりすることがあるので、一般の老人とは、正常な交渉や交流が為難く(しにくく)なります。 従って、理想的には、知力の衰えた、いわば、異常な老人は、一般の老人(健常老人)とは離れて、別に生活する方が望ましいと言えます。

 

「有料」老人ホームは、事業化されていますから、事業上の利益が、優先的に追求されます。 老人ホームの利益の視点から言えば、健常老人(自立老人)と異常老人の区別はありません。 一言で言えば、「金さえ払ってくれるのなら」、どちらの老人も、歓迎すべきです。 両者に共通しているのは、広い意味での「介護」を必要とする点です。 医療的介護なら、健常人でも必要なことがありますから、「介護付き」であれば、健常老人にも老人ホームは住み易いのです。

 

単に「老人」と言う年齢に達しただけで、家族(子供)が面倒見きれない人も、知力が異常である為に家族では面倒を見きれない厄介者の老人も「介護付き有料」老人ホームでなら一視同仁に迎い入れてくれます。 事実、増え続ける認知症患者や老耄の老人、病院が引き取りを拒む老人、家族が金を負担して後見する老人、それに(少数ですが)、老後生活の面倒と経済的負担を家族(子供)に負わせたくないと考える自立老人、などが、現在の「介護付き有料老人ホ-ム」の恰好の顧客になっています。 

 

従って、こうした事情を踏まえて、介護付き老人ホームの中には、健常老人と異常老人を隔離する仕組みを持つものもあります。しかし、益々、増加してゆく「異常」老人の数に応えられなくなったためか、儲けの誘惑に耐えられなくなったためか、異常老人と健常老人の隔離が難しくなり、どの老人ホームに於いても、両者「混住」状態が生まれつつあるようです。 しかも、隔離システム自体を備えていない介護付き有料老人ホームも多いので、混住が一般的状態になってきているのです。

 

両者混住は、種々の弊害を生みます。 第一、両者の間では、相互交流、つまり、社会が成立しません。人間関係が成立しないのです。仮に関係が生まれるにしても、一方(健常者側)からの「哀れみ」、「軽蔑と軽侮」、「慈善」、「いたわり」、のような人間関係とまでは呼べない、非情、ないし無情な関係です。その他にも、色々な弊害が生まれます。

 

こうして生まれる弊害のいくつかを次に掲げておきます

 

衛生面の弊害

私が棲む老人ホームも、過去に、健常、異常老人を隔離するシステムを不文律ながら規定していましたが、近年は、おそらく、増加する希望者(厄介な老人を姥捨山へ捨てたいと願う家族?)の所為か、または、施設側が儲けを増やしたいと願う営業施策の故か、その両者が相まってか、老人ホーム施設内の異常老人の数が増え、混住状態が一段と激しく成って来ています。健常老人の「肩身」が狭くなっているのです。

 

一例として、私が棲む老人ホームには、こうした異常男性老人が、車椅子に乗って、施設内をアチラコチラを徘徊しているのが挙げられます。施設が抱えるヘルパーの人手不足の故か、他の入居者の迷惑になるにも関わらず、徘徊そのものが見過ごされています。 

 

当人は、徘徊しつつ、気が向くままに(手当たり次第に)目に付く食い物を口に入れ、物品に触り回っています。その手で、自分の陰部を取り出したり、触ったりもします。この異常老人が触れたもの(なにもかもが)、不衛生極まり無いと感じられます。思わぬ病気の発生、伝播の危険すら感じられます。

 

彼が、触った食器なども、他の食器、例えば湯呑み茶碗、などを、他の人が使用する可能性のある食器とを、炊事場では一緒に洗っていますから、ここにも病気伝染の可能性は、十分にあります。 

 

各入居者が自室内で垂れ流す汚物を(異常老人の場合は、紙オムツを着用するなど、汚物が特に多い)、介護に携わるヘルパーが各人の部屋の中(私の目には見えませんが)で始末し、その汚物を廊下へ持ち出し、携行して歩いています。元々、ヘルパーの数が少なく、かつ異常老人が多いと、汚物の量も多くなる筈ですから、そうして増加した汚物がどのように処理されるのかも問題です。 

 

同居する健常老人の目、外の目、特に監督官庁の目を慮って(おもんばかって)、「消毒と衛生には、十分、気を配っている」とどの施設も言い張るでしょうが、そうした強弁は、私が棲む老人ホームの場合はさておき、どの老人ホームも、広く、恒常的に人手不足(従って、教育の行き届かない新人ヘルパーが多い)に悩んでいますから、俄には(にわかには)信じがたいのです。

 

健常老人の潔癖性

これは、プライバシイや衛生管理とも一脈通じることですが、潔癖な健常老人にとっては、不潔だと感じられる異常老人との同居は、精神的に耐え難いものです。ある意味で、混住その事自体が、健常老人を苦しめます。食事中、目の前で、入れ歯を取り出し、茶で洗浄する異常老人と食卓を同席するのでは、旨い筈の食事も旨い筈がありません。 

 

こうした不潔感には、混住である限り、文字通り、日常茶飯事として、毎日、見舞われます。 他人(ひと)前で、手で覆いもせず歯をせせり、鼻糞をほじくる、など、異常老人の立ち居振る舞いの全てが、健常老人の神経を逆なでし、苛立たせるのですから、混住は、健常老人にとっては、地獄そのものです。

 

「マイ」尊重の危機

マイナンバーを始め、近頃は、「マイ(自分)」を尊重する気風が強まっています。 異常者は、自他の認識が欠落し勝ちですから、他人の持ち物にも。遠慮なく手を出す可能性があります。 殆どの老人ホームでは、「棟割長屋」形式で、各自に部屋を宛てがわれていますから、かつ、介護(見守り、見回り、監視)の必要上、各部屋には鍵を掛け無いのが普通ですから、混住状態の老人ホームにありがちの「盗まれた」事件も発生しがちです。

 

老人ホームは、原則として、団体生活をしていますから、衣服など特定の個人的所有物は別として、マイ湯呑み、マイ箸、マイ茶碗、などは、包丁、大型のハサミなどの危険物と同様、入居者には持たせません。 

 

このことは、経費を含めた管理上の都合を考えると、一応尤も(もっとも)だと頷けるのですが、健常(自立)老人には、「マイ」の魅力(魔力)は、手離せません。 この「マイ」の魅力は、「プライバシイ」と先に述べた「嫌悪感」の延長線上にあると思われます。 混住老人ホームでは、このプライバシイが著しく損なわれます。 ある日、私が、入湯前の脱衣室で裸の状態でいるときに、ある老婆にその脱衣室へ入ってこられたことがあります。 同様の経験を、私の女性の友人からも(彼女の場合は、もちろん、男性ボケ老人)聞かされたこともあります。

 

貴重品と危険物

「貴重品と危険物は、入居者には持たせない」を原則としている老人ホームがあると聞きますが、外部から、物品、おやつ、などを売りに来る業者との対応のための一寸した買い物の小銭ぐらいは、どの老人ホームに於いても必要な筈です。 その小銭はどこに保管しますか? 小銭といえども貴重品です。しかし、少々の小銭は持たせない訳にはいかないと思います。小銭保管のために、ある私の友人は、簡単な鍵が掛けられる小机を持っていました。自衛的に、プライバシイを守ったのです。それでも、常軌を逸した異常老人なら、机を壊す、机ごと持ち去る、などをやりかねません。

 

また、これは私が棲む老人ホームの場合ですが、火気あるものは危険であるとの理由で、トースターを入居者から、問答無用の強引な姿勢で、預り証も渡さず、代金無払いで、没収されたことがあります。その後、没収された無数のトースターが、長くそのまま使用されることもなく施設の倉庫内に放置されていました。

 

まとめ 

以上の諸ケースの幾つかは、施設側(ヘルパー)の管理を行き届かせる事によってある程度までは防げるのかもしれません。しかし、その管理が、人手と教育不足のために行き届かないのです。 不適切なヘルパーのために、新聞、テレビなどで報道される老人ホームでの不祥事が数々起こっています。 問題が起こってから防ぐよりも、問題を起こさないように「未然」の予防措置をとって置く方が賢明ではないでしょうか?