鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

遅撒きの終活

「終活」という言葉、概念が新しく「2010~2012年頃」に生まれた。 その意味は、「人生の終わりのための活動」だそうだ。 その活動の内容としては、「生前のうちに自身のための葬儀などの準備や、残された者に迷惑がかからぬよう生前整理、残された者が自身の財産相続を円滑に進められるための計画を立てておくことなどが挙げられる(ウイキペヂア)。

 

老人ホームは、「終活」し損なった人たちの館になりっつある。 数多くのボケ老人、認知症患者が、老人ホームには掻き集められているから、「いまごろ!」と傍の人たちが手遅れを嘆かざるを得ない人たち(当人たちには、嘆く気力が残されているとも思えない)が、そこに居る訳である。

 

なお、言葉が同じなので、 ここで引用(おそらく落語から?)しておきたい「手遅れ医者」という笑話がある。 この医者は、初診の患者には、最初に「手遅れ」です、と必ず一発かます。 もし、この患者の病気が治れば、この医者は「手遅れの病気を治したのだから、天下の名医」ということになる。 治らなくとも、「最初に、手遅れと言っておいたでしょう」で済む。。。(手遅れ医者)

 

さて、老人ホームの居住者たちに、終活の知力、気力が残されていないとすると、当人たちの家族が「終活」を代行しなければならない。 しかし、法律的観点から言って、親族、それも、尊属にそのような権利があるとも思えないので、新しい職業、すなわち、「終活コンサルタント」を、創立する必要がある(既に、終活アドバイサーという職業が存在するという風聞もある)。

 

いや、その必要は、既に満たされているらしい。 「終活」なる新語が、新語・流行語大賞に2010年にノミネートされ、そして2012年には、新語、流行語大賞のトップテンの一つに選ばれ、踵を接して、同年に北海道に一般社団法人として、「終活ジャパン協会」が設立されている。 

 

では、終活アドバイサー、コンサルタントの資格は? 「代書屋」、「葬儀屋」ぐらいで良いのじゃないだろうか? 弁護士? それは、ちょっと大げさ過ぎるように思える。 そもそも、「終活」なる言葉、従って「概念」が捻り出されたのは、2012年の「新語大賞」選定の時に過ぎない(今年は、2017年だよ)。

 

筆者の意見では、この新商売(終活コンサルタント)の資格を認可する権利は、「終活」という新語を世に送り出した、週刊朝日、特定的には、その副編集長、佐々木広人さんにあると思う。 いまさら、北海道の「終活ジャパン協会」が、その新商売決定の権利があると主張したとしても、図々し過ぎるし、手遅れでもある。

 

老人ホームは、この新商売の最初の手掛りとして打ってつけである。 現在の老人ホームには、遺産相続問題はともかく、葬儀準備、墓場決定の問題、などの問題を抱えた終活手遅れ組がワンサと居る。 当人と直接に話し合うことは、大抵の場合、無理だが、老人ホームでは「身元引受人(家族、etc.)」という便利な存在が、既に定められている。

 

この身元引受人たちこそ、下手な終活、無就活、の蓋然的被害者たちである。

金儲けの機会が此処にもあることを忘れるべきではない。 しかも、世間に終活活動が広まれば、多くの人が、ボケたり、認知症を患ったりする前に、自分たち自身で終活を始めるに違いない。 

 

従って、老人ホーム事業会社そのものが先手を打たぬ内に、現在、既にワンサと溜まっている現在の老人ホーム入居者、および彼らの身元引受人を狙って、終活コンサルタントコンサルタント資格未習得などは構わずに)が出張るべきである。