鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

光は東方より (オリエンテーション)

古代ローマ人は、「光は東方より」と言いました。東方にあるギリシャを指してです。その後、この言葉の意味は拡大されて、東方にあった古代エジプトメソポタミアバビロニアまで含めて指すようになりました。マルコポーロは、この「東」の意味を更に一層拡げて、東方に黄金の国、ジパング(日本)まで拡げるようになりました。

 

日本の言い伝えでは、西方には、極楽浄土があります。太陽の登る方角が東で、沈む方角が西です。 東には光があり、西には冥(暗黒)があるのです。

 

企業内教育訓練などでは、昔からオリエンテーション(東の方角に向ける)ということを言います。企業が示す光とは、その企業が志向する方角です。そして、その方角は、当該企業の創立の理念、創立の意図、創立の精神などで決まります。

 

大抵の企業では、特に大企業では、当該企業に就職する新入の従業員には、就職の直後の働き始めの前に、オリエンテーション教育が、施(ほどこ)されます。当該企業の創立の理念や精神を、就職の最初に叩き込んで置くためにです。その後の従業員の企業の理念や創立の精神への忠誠心を確保しておくためです。自律(立)的で、自主的な従業員は、進んで、この創業の理念や精神を守もろう(確信犯)とします。もちろん、自律的で自主的であるように励まされ、さもないと、排斥されるのです。

 

翻って、自律的で、自主的である以前に、企業では、既にオリエンテーションに依って、方角が与えられています。自律的、自主的ではあっても、方角は、自分では決めてはいないのです。方向性が定かでない自主性には、確信犯的な「暴走(盲走)の恐れ」があります。この暴走を制御し得るのは、方角を決める者です。 

 

本来の人間には、「主体性」が備わっている筈です。主体性とは、自らの行動の方角(目標)を自分で定めることです。他人に依るオリエンテーションを必要とし無い者にこそ主体性が備わっていると言えるのです。「東方からの光」が無くとも、自分の行動を、自分で決められる者にこそ、「栄あれ!」