鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

危いリーダーシップ

確信犯

確信犯(確信犯罪)とは、「自分が行うことは良心に照らし合わせて正しく、周囲(社会)や政府の命令、議会の立法こそが間違っていると信じて」行った犯罪である。本人は自らの正当性を確信していることがポイントであり、立法や命令に違犯(「違反」ではない)しているとの認識を持っているかどうか、あるいは処罰を予想しているかどうか、公然と行うか隠然と行うかは関係ない。社会正義や良心といった内心の動機部分が確信犯を理解する上で重要である。(ウイキペディア)。

 

現在、終息しつつあるようだが、中東地方に一時は広く割拠し、今もなお、世界各地で燻っているイスラミック・ステートの活動は、極めて、確信犯的な犯行である。 日本国内での、似た確信犯的犯行を挙げるとすれば、オーム真理教信者に依る数々の犯行がある。 しかし、再考すると、実は、確信犯的犯行が、今もなお、各地で行われている気配がある。 それは、各種の独断的(?)信仰、信条、信念による活動である。 

 

卑近な例を挙げれば、多くの事業会社に見られる「社における~」信条、信念、

などがそれである。 その後、改正されたと聞くが、従業員を自殺にまで追い詰めた某大広告会社の「XX十則」も、その一つである。 確信犯とまでは言えないにしても、「この会社から給料を貰っているから~」尽くす忠誠心も、確信犯「的」犯行を生み出す可能性を潜めている。 

 

主体性、自主性、自立(律)性

人間には、本来、「主体性」が備わっています。 簡単に言えば、主体性とは、自らの定かでない周囲の環境/状況の中で、行動の方角(目標)を自分で定めて行動することです。 それに反して、自主、自立とは、目標が与えられた上で、その目標へ向かって、自分から(自律的に、または自立して)積極的に進んで行くことです。 つまり、目標決定と目標設定の如何が、主体性の有無を決定するのです。 

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主体性  (出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

哲学的に新たな意味でとらえ直されたのは,。。。生の哲学実存主義哲学,弁証法的唯物論などの現代哲学では実践,行為との関係において問題にされたことによる。。。。M.ハイデガーでは主体性とは実存性のことであり,エッセンティアとしての主観から区別された。

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日本の某地域の首長が、国政への乗り出し事を考えていると言われています。 この首長を支持する人達が多いことから、~ファーストの会を2グループ立ち上げ、その一つを「その地域ファースト」、いま一つを「国民ファースト」と呼んでいます。 グループのそれぞれについて、政党組織を立ち上げています。

 

しかし、選ばれた地方議員、および選ばれるであろう国会議員候補者(?)には、如何に支持者が多いとは言え、残念ながら、急ごしらえで選ばれた議員や議員候補者たちですから政治経験が浅く、地方議会へ議員として選ばれても、当初は右も左も判らず、右往左往するばかりだと聞いています。

 

そこで、この首長は考えました。 選ばれた右往左往する議員たちに対して、オリエンテーションを行おうと考えたのです。 つまり、上から目線で、手下をオリエント(方向付け)するつもりなのです。 はからずも、この首長は、自慢の片言(カタカナ)英語で、オリエント(方向付け)と言っています。 言い換えると、自家薬籠中(じかやくろうちゅう:自分の所有する薬籠の中にある物を指し、「いつでも好きなように使うことができる」)の地方議員や国民(中央)政党の一員たるべき候補者たちには「主体性」が無いから、方向付けをしてやり、操縦しようと考えているのです。 では、誰が彼らのために目標を設定してやるのでしょうか? 誰が、実質的なリーダーになるつもりなのでしょうか? 

 

将来のことを慮って(おもんばかって)、いまから(手下たちに)方針付けをしておくとは、正に深慮遠謀(しんりょえんぼう)です。 この首長は、現在は、地域社会のリーダーに収まっていますから、自分自身は政党のリーダーとしては、顔を出せませんが、「影から」影の指導者として、新しく組織される(た)政党を制御する事はできます。

 

主体性が薄いものたちや特定の信条・信念を唯々諾々(いいだくだく)と追求する「確信犯的犯罪者」に為政のことを任せるのは、危険です。 と言って、周囲の他人を操縦しようとする影武者に、国民(市民)率いさせるのも、いっそう危険です。 影武者が、国民(市民)の拍手を受けるのは、映画・ドラマだけで十分なのです。