鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

かこち顔

私は、故あって、この系列の老人ホーム施設に、20年近くも住んでいる。 その故は、この老人ホーム系列の施設へ、子どもたちによって、送り込まれたときには、私は意識を失っていたし、その後、亡くなった家内もその頃重篤な病の床に在った。 つまり、私は、自発的意思に依って、この施設へ入居した訳ではない。 似たような不可避の理由があって、入居している友人もいる。 この人も、十数年、この系列の老人ホームに住んでいる。

 

薄れていた記憶が呼び起こされるに連れて、過去のことや昔覚えたこと、言葉などが、が色々・次々と思い出される。 「かこち顔」もそうして思い出した言葉の一つである。 かこち顔とは:

 

[名・形動]他に事寄せ、そのせいにして恨み嘆く顔つき。また、思いわびているさま。

  • 「嘆けとて月やは物を思はする―なるわが涙かな」〈山家集・中〉

参考:かこちは、【託ち】 と書く。        

 

を言うのらしい。 自分の意思では、無かったとは言え、自分(と家内)とで長年かかって営々と作り上げた「自分の家」ではなくて、かかる施設に籠居せざるを得ない境遇を、かこち顔で、日々を送る情けなさ。 90歳近くなって、漸く、かこち顔の実感を感じている。

 

老人ホームには、「かこち顔」などと言う言葉を知る人は少ない。 万葉の教養を持ち合わせる人が、まず稀なのである。 しかし、教養の有無とは別に、顔自体は存在する。 かこち顔も存在する。 長年この系列の老人ホームに籠居する私の友人も、かこち顔なる言葉、その意味を知ることも無く、かこち顔で日々を送っている。

 

小人閑居して不善をなす】 儒教―四書の内の〔大学〕より、

意味:小人はひまでいると、とかくよくないことをする

 

四書(ししょ)とは、儒教経書のうちの『大学』『中庸』『論語』『孟子』の4つの書物を総称したもの:だが、本当に、かこち顔に、施設の中で暇を持て余している老人は不善を為すか?