鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

埒外に置かれた老人ホーム

世間の目は、専ら、幼少者、働く壮年の人達、高齢者に向けられている。 彼らに対する時代の関心は、盛りに、盛り上がっている。 では、老人ホームへ入れられている老人たちへの関心は? 

 

彼らに対する「処置」は、一応済んでいる。 それぞれの施設で、それなりの管理(介護、拘束、世話、etc)は、取られているので、それ以上の処置は、今後の課題に譲るとして(従って、当面は処置無しで片付けておいても良い)と処置が「後回し」になっている気配がある。 

 

ところが、この考えは間違っている、と言えなくもない。 老人ホームの管理が不十分だからである。 老人ホームへの関心を逸らせる最大の原因は、老人ホーム自体に、処置・管理の機構が備わっていることにある。ところが、老人ホームの性質上、管理の対象となる(いわゆる)入居者として、老耄の人、認知症患者、それも、老婆(女の方が長命であるため、老爺は、言うまでもなく少ない)たちである。 

 

老人ホームを管理する側そのものが、大多数が無気力な入居者(積極的に管理しなくとも、唯々と付いて来る相手)であるために、日頃から、管理に無気力・無関心になっている。 従って、極限すれば、無抵抗な入居者を相手に、十分な管理をせずに、かつ関心を払わずに日々を過ごしているので、老人ホームは、世間からも、経営者側からも、関心の埒外に置かれてい、と言える。

 

高齢者への関心の高まりは、もちろん、高齢者の一人として、結構なことであると感謝したい。 しかし、とんでもないところに、盲点がある。 高齢者と老人ホーム居住者とは、十把一からげに扱われる。 盲点は老人ホームである。