鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

多文化主義

 カナダでは1971年に、当時の首相Pierre Elliot Trudeau(ピエール・トルドー)が二言語(英・仏)の枠内での多文化主義宣言というのを行いました―

 

言語主義の枠内における多文化主義政策がカナダ人の文化的自由を保証する最も適切な方法であることに関しては、政府も同意見である。そのような政策こそ、差別的な態度や嫉妬を打破する助けとなるに違いない。国家的統合というものが深く個人的な感覚においてなんらかの意味をもつとするならば、それは各個人のアイデンティティーに対する安定感を基礎として築かれるべきであろう。…強力な多文化主義はこうした原初的安定感を生み出す助けになるだろう。

  

私(筆者)は、自分が「京都人」であると言う認識と誇りに立って、自分自身の安定感(つまり、アイデンテイテイ)の拠り処を得ています。 しかし、この安定感は、他の人の安定感を損なうものではありません。 誰もが、そのような安定感を得るべきでしょうし、自分が属する文化を愛し、誇るべきです。 その点では、日本人は恵まれています。 多様な文化的伝統を受け継いでいるからです。 文化の多様性が、進歩や革新を生み出すからです。 

 

アメリカ合衆国を特に褒め称える訳ではありませんが、あの国が持つバイタリテイ、進取の精神、民主主義、自由の精神、権力への抵抗、義侠心、自分とは異なる他を容れる寛容の気持ち、などは、あの国が抱える民族の多様性が生み出したものに違いないと、筆者は考えています。 

 

日本の歴史は長く、縄文、弥生時代の昔から、多くの異邦人を受け入れてきました。 そして、この小さな島国の坩堝(るつぼ)の中で、混ぜ合わせ,捏ね(こね)合わせ、磨き合わせて、日本文化という世界でも珍しい多伝統の融合文化の民族を作り出したのです。 過去に招き入れた諸原文化とは異なる新しい文化を作り出しているのです。 それぞれが多様であるカナダ、アメリカ、オーストラリアの諸文化に匹敵する東洋の一文化を形成したのです。