鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

老人の第三の人生の仕事

日本人の高齢化の現状(内閣府データに依る)

単位:万人(人口)、%(構成比):平成27年10月1日

平成27(2015)年は、65~74歳人口の対前年増加数が減少に転じた。 昭和22(1947)~24(1949)年に生まれたいわゆる「団塊の世代」が65歳に達した

とによる増加数に及ばないためである(図1-1-2)。

 

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健康寿命が延びているが、平均寿命に比べて延びが小さい

日常生活に制限のない期間(健康寿命)は、平成25(2013)年時点で男性が71.19年、女性が74.21年となっており、それぞれ13(2001)年と比べて延びている。しかし、13(2001)年から25(2013)年までの健康寿命の延び(男性1.79年、女性1.56年)は、同期間における平均寿命の延び(男性2.14年、女性1.68年)と比べて小さい(内閣府データに依る)。

 

健康寿命とは、認知症、老耄、その他の支障無く、日常生活を続けて生き延びる寿命を言うが、年をとると、生活に支障が起こるようになる人が案外多い。 つまり、健常な老人が相対的に少ないということであるが、 同時に、若者の数も少なくなる。 では,誰が老耄化し、認知症を患う老人の面倒を見る?

 

人間社会全体の営みと発展は、従来同様、続けなければならない。 若者の数が、相対的に減っている。 大袈裟に言えば、いよいよ老人の出番が回って来ているのである。 ところが、健常な老人は、少ない。 その健常老人(の金儲けの欲望)を煽り立てて、アルバイト(隠居仕事)に引っ張り出そうとする(新)事業や企画もあるようだが、極貧老人でない限り、これら健常老人の力を「金づく」ではなく、NPOとして動員しないのは、社会的な「損」である。 

 

では、何を対象にNPO? もちろん、自分たち自身はもとより、仲間である異常老人たちを対象にするのである。 それでなくとも、ボケ、認知(徘徊)、など問題の多い仲間を、高額の入居一時金、月別維持管理費、などを取り上げて儲けようとする老人ホーム経営・事業家の(鼻を明かして)、可能範囲の面倒を低費用で見るのを、健康老人の集団(グループ)の共同事業にするのである。

 

こうした試みには、多数の同志の協力が必要になる。 健康(健常」な老人が、第二の人生を求めて、今一度と、(金儲け)に走るのも、一つの生き方である。

 

それが悪かろう筈がないが、いま一つの生き方として、昔風に、且つ抹香臭く,また、キリスト教徒風に、善きサマリア人に習って、自分たち健常老人を含めた他の本当に老化した仲間を幇助する仕事がある。

 

ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で、強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。 祭司レビ人といった神殿にかかわる人々はこの人を助けずに通り過ぎた。 しかしユダヤ人から大変に嫌悪されていたサマリア人は、この半死半生の人を助けた。 傷口の治療をし、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出した。 (Web より)

 

例え残り滓であろうとも、「昔取った杵柄」の喩えもあるじゃないですか? 

若い頃に身に付けた技量や腕前は、衰えません。 例え、九段の母のように、♫ 上野駅から九段までかって知らないじれったさ、♫ があろうとも、健康(健常)老人は、最近105歳で亡くなられった日野原重明さん、90歳越えてもなお現役の佐藤愛子さんのように、死ぬまで、世間様へ、長い間の「ご恩」を返しましょう。 あのマッカーサーも言いました・"old soldiers never die, they just fade away「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」.