鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

職務責任

最近見たあるアメリカ映画から、このブログを始めたい。 この映画は最近のものであるし、テレビでも放映されており、ご存知の方も多い筈なので、要点を繰り返すだけに留める。

 

筋書きの要点はこうである。 某国の女好きの大統領が、ある日の夜、遊び相手の女を自分の巨大な屋敷(官邸か、私邸かは不明)へ連れ込む。 その晩、大統領とその女の間に、いざこざが起って、女が危うく大統領を傍にあったナイフで刺し殺そうとする。 騒ぎが、大きくなってきたところへ、隣室かどこかで控えていた大統領護衛官2名が、二人が騒いでいる部屋へ飛び込んできて、女を銃殺する。 

 

この騒動の一部始終を、隣の金庫室へ忍びこんでいた無類に狡猾な窃盗が目撃している。 ところが、大統領補佐官(護衛官)たちは、死んだ女の状態を調べる内に、誰か不明の人物に事態が目撃されていたことを察知するが、護衛官たちは、巧妙な屋敷への忍び込み方などから、この事態を目撃した人物を割り出し、見当を付ける。 国家の為だと言う勝手な大統領の意向もあって、目撃者の探索、抹殺を試みようとするが、その場に居合わせた護衛官の一人は,、大統領の意向を「忖度」して、すぐさま、忖度した大統領の意向の実現に走る。

 

前置きが長くなったが、私のブログは、ここから始まる。 護衛官たちは、その目撃者自身はもちろん、目撃者に娘が居ることも突き止め、彼等の抹殺に掛かる。 娘を半殺しの目に合わせ、病院へ担ぎ込まれた娘は、病床に置かれるが、病院へ忍び込んだ護衛官の一人が娘を薬殺しようとするが、娘を常に見守っていた目撃者が、その薬殺の手を抑え、(この目撃者は盗みはしても、人殺しはやったことのない)薬殺しようとした護衛官を始末する。 その始末に際して、「誰のために、何のために、このようなことをする」と詰った(なじった)が、その護衛官は、「大統領を守るのが、私の職務ですから。。。)と応える。

 

「職務!」。 この言葉は、水戸黄門のお付の助さん、格さんが、常にかざす「葵の御紋」が入った、印籠の働きをする。 これは、一種の「疑似確信犯」である(ここで、私が以前に発表したブログ「危いリーダーシップ」と「光は東方より」をご参照頂きたい)。

 

「職務に殉ずる」といえば、恰好良いが、この姿勢はその実、自己保身である。

国のため、国家のため、親分のため、会社のため、。。。。。。のため、と、多くの若者が、国家の如何を問わず、時代の新旧を問わず、犠牲になってきており、現在もなお、なりつつある。

 

「。。。。のため」は、口実である。 自らの目を瞑むり、他人の目を借りて、物事を果たそうとする姿勢である。 自分の責任を他人に分けて、自分自身を守ろうとする姑息な、自分を影に置こうとする姿勢に他ならない。 刮目せよ。 自分の目で見ろ!  これは、「主体性」を持てと言う主張に他ならない(この主体性については、私は10点程度のブログを寄稿している。 ご参照下さい。)