鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

ぜんまい

♬ 俺は、河原の枯れススキ ♬ (筆者の年齢がわかるな?) ええぃ、じゃあ、あの箱型の右腕が器械からニュウッと立ち上がったような器械、蓄音機の描写から始めよう。 

 

あの器械は、手前のどたま(頭=台座)の上に、薄い平板型のレコードなるものを載せて、グルグルまわして音を出す仕掛けの代物だが、回転が「ぜんまい」で動くように成っている。 ぜんまいが緩むと、音の速度も遅くなる。 絶えず、ぜんまいを誰かが巻き続けていないと、音もだらしなく響くように成ってくる。

 

この施設の入居者たちが集まって、「カラオケ」なるハイカラな楽しみに騒いでいることがある。 それがぁ、聞いていると、入居者たちの年齢と頭の具合相応に、ぜんまいがすっかり緩んで、先を急ぐかのように、彼らの歌声は御詠歌ソックリに響く。古物屋の蓄音機だな。

 

施設には、娯楽は少ない。 あるとすれば、意味のないボケ老人か認知症老婆のおしゃべりが中心である。 中には、碁、将棋、麻雀を楽しむ者も居るが、相手が居ない、人数が揃わない、ご本人の病気、病院の予約、家族の都合等の理由で、オジャンになることも少なくない。 元々、人間関係が無関係になっているから、相互交友はもちろん、社会そのものが存在しない。 そのような世界だから、娯楽なんか、あり得ない。

 

テレビ? これも無意味に動く畫像を、ただボンヤリと眺めているだけである。 楽しみは、外にはない。 内にもない。 それどころか、頭にも無い。 では、身体で喜ばせるか、それなら、外出して街の見物だな。 でも、車椅子に乗っている。 杖を頼りに、漸く歩いている。 こうした人たちを「喜ばせる」には、実践心理学者の手を借りるより、他はない? だが、その第一に、喜ばせる必要、そのものがあるのか?

 

こうした文章に依る説明は、専ら、視覚が中心になるが、現実の世界には、他の感覚に依るところもある。 老人ホームと言う「廃人(?)」の世界では、臭覚も大きな意味を持つ。 平ったくいえば、「臭い(匂い)」のが問題になる。 

 

棟割長屋の各室内はもちろん、共用の場所(例えば、食堂、ラウンジ、etc.)まで,臭い(匂い)と言う奴は、漂い、忍び出て来る。 施設のアッチ、コッチが、まるで「聖徳太子(しじゅうくさい)」である。 同じ香りでも、お香の香り、若い女の子の移り香、香水の香り、匂袋の香り、ぐらいで留めて置きたいものだ。

 

如何に、理解ある健常老人といえども、それで月給を貰っている施設職員とは違って、聖徳太子との同居は、御免被りたい。 聖徳太子は、一昔前までなら、一万円札で留まっていた。 「混住」は臭い。 混住は、聖徳太子との同居を必然にする。 垂れ流すのは、せめて、自分の部屋の中だけにしてくれ、とお願いするのも、実は無駄である。 相手は、そんなことを構う神経は持っていない。 手前え自身のベッドの上で、ウンコ垂れ流し放題の曲者である。ぜんまいが、緩んでいるのである。

 

臭さへ向けて、「親を入れたくなる」家族が居るとは、摩訶不思議、 ましてや高額の一時金と毎月に管理費を払うのは、正に、糞壺へ金を投げ入れるようなものである。

 

参照

筆者の子供の頃;子供同士の戯れ言葉に「便所の神さん年なんぼ?」というのがあった。 答えは、「四十九歳(しじゅうくさい)」であった。 その俗言と関係するかどうか知らないが、 聖徳太子は「うまやどのみこ」とも呼ばれていた、という伝説(?)もある。

聖徳太子(しょうとくたいし、敏達天皇3年1月1日574年2月7日) - 推古天皇30年2月22日622年4月8日))・厩戸皇子(うまやどのみこ、うまやどのおうじ)は、飛鳥時代皇族政治家。「聖徳太子」はその時の名前ではなく、後世の諡号。 用明天皇の第二皇子、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女。(ウィキペディア