鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

いたわり(労り)

以前に、私は、ブログの何処かで、高齢者を過度にいたわる(労る)ことは、彼等をダメにし、自主性を損なう、と述べたことがあります。 子供を甘えさせることが、甘えん坊を育てるようなものです。

 

人間、生きてゆく間に、幾つもの試練を経験します。 「艱難が汝を珠にする」

のです。 高齢者といえども、「いい珠」の状態で、生きるべきです。 少々の

困難は、耐えるのです。 他所からの過度の労りや介護は、高齢者を更に弱くする恐れがあります。 親孝行の積りが、親不幸になってしまうこともあり得るのです。 

 

幸若舞で言う「人間50年」は、今や、100年になっています。 いわゆる今日の後期高齢者といえども、もはや「後期」」ではなく成っているのです。 

 

注: 初めて復元演舞された『敦盛』は織田信長桶狭間の戦い出陣前に舞ったと言われ、

「人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如く也」の一節で有名である。

今日の下天の内を見回しても、なすべきことが沢山残って居ます。 高齢者は

高齢者でござい」と、収まってはいられないのです。 従って、労って貰うどころでは、ありません。

 

そういえば、運転に危険の恐れがあるものの、高齢者の自動車運転が良く目につきます。 高齢者に可能な仕事の領域は、自動車の運転には限りません。 領域に依っては「年の功」の故に、若者に勝さる領域も沢山あります。 「勝さる」どころか、「教え、伝え」ねばならない伝統・伝承の領域も多々あります。

 

高齢者は「労る」対象ではなく、「教えて呉れ、教えて貰う」人達です。  指導を乞うべき尊敬の対象ではあっても、労って「やる」人達ではありません。  「敬老の日」と言う祝日があります。  尊敬を受ける高齢者も、甘えていては、ならないのです。 たとえ弱っていようとも、自らの足で立ち上がるべきです。