鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

読欲の秋 (徒然なるまま)

私は、「図書館学」と言う珍しい科目を専攻した。 当時は、パソコンなんと言う便利なものは存在しなかった。 今日では、「図書館学」という言葉は古めかしく響き、情報という新しい概念が「本」に加わった。 しかし、中身は、殆んど変わらない。 本もまた、情報を伝える、昔、それも大昔からの道具だからである。

 

人智の発達は、留まることを知らない。 遂に、核爆弾を「広島」。「長崎」に

落とすに至った。 その人智を、善き連れ、悪しきに連れ、多くの人々に伝え、育んできた道具が「本」であった。

 

興味を引く本(タイトル)が、矢継ぎ早に、絶え間なく、出版される。 読者としては、どの本も捨て置くには、惜しい。 つい、買い溜める。 興味を引く未読の本で、書棚は一杯になる。 書棚は傾く。 

 

秋の夜は長い。 書棚の傾きを、少しでも治そうとするが、一向はかどらない。

時間が足りない。 人生を短く感じる。 

 

自ら読む必要はない。 パソコンという便利な道具も増えた。 パソコンに覚えさせれば良い。 しかし、パソコンは他の問題ヘも。関心を導く。 「読」書では、なくなる。 秋の夜は、そして人生が、益々短くなる。 

 

しかも、電子ブックという新たな道具が、また増えた。 「紙」の本は、遺物化しつつある。 書棚もいらない。 必要なのは、「頭」だけ。 いや、「心」も必要である。 心なき昔の本の扱いは、忘れよう。 

 

秋だ。 書だけでなく、食も欲しくなる。 欲しがるの「我」だ。 我を収めるか? それなら寝よう。 疲れたぁ。

 

 鉄道大臣