鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

口角、泡を飛ばす

「過ぎたるは、及ばざるが如し」と言う。 寡黙過ぎるのも、問題だが、饒舌も問題である。 人が集まれば、十人十色。 うるさい奴も、黙り屋も混ざる。

かてて加えて、ボケも居る。 これらの連中が、話し合えば、喧嘩も起こる。人間関係は、程遠い。 社会そのものが、成り立たない。 

 

混住の「混」は、混乱の混。 数が多ければ、混乱の度合いも増す。 「乃公出ずんば~」と、シャシャリ出る奴が多いほど、混乱の度合いも増す。概して、饒舌家は、シャシャリ出る。 寡黙は精神異常の一種か、饒舌がそうなのか。

何れにしても、混住の団体生活(老人ホーム)では、彼等は混ざり合っている。

 

暴力沙汰が喧嘩なら、口喧嘩も喧嘩の一種。 枯れた老婆の群れなら、口喧嘩。 血の気の乾いた老爺でも、「殴り合う」程度の軽暴力は振るう。 特に、寡黙な老爺の手は早い。 おまけに「ステッキ(杖)」と言う武器を常備している。

先日も、有る老人ホームで「ナイフで他の老爺に切りつけた」老爺が居たと言うニュースが流れた。 軽機のいい話である。 げに、おそろしきは、混住の老人ホームである。

 

混住か、隔離か、この疑問は、する方が可怪しい! 答えは、極めて明快である。 では、なぜ、混住の老人ホームが広く存在するのか?  この疑問に対する答えは、やや難しい。 難しい訳は、「行政の策」と「施設側の金儲け」の思惑が混ざり合っているからである。

 

増え続ける高齢者の数(平均寿命も延びつつ有ることを忘れるな)から、老人収納の容れ物(ホーム)を拡大・拡張しなければならない。 ホームでの混住を勧めると、ボケ・認知、健常(自立)を同居させるので、限られた施設の容量でも「儲け」の幅が大きくなる。 さらば、再考してみよう。 げに恐ろしきは、行政の無為・無策と事業家の貪欲であった。 今度の選挙では、この辺も考えて、投票すべきだろう。