鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

限 度

ここ10~15年ぐらいの間に、サプリメントの広告が増えてきたように感じる。

同じ会社から、幾つもの新しいサプリメントを売り出すだけでなく、幾つもの新しい会社が、せんぐりせんぐり、新サプリメントを売り出す。 かてて加えて、マスコミや世間一般(口コミ)が、サプリメントが効くいろんな病気、健康障害を言い立てて、世間を脅かす。

 

注: せんぐりとは?京ことば。 順を追って次々にすること。 >>『三省堂 大辞林』の表記・

 

これじゃ、どのサプリメントをどれくらい飲めば良いのか判らなくなってくる。

特定一社が売り出しているサプリメントを考えても、その会社が売り出す商品が多いから、その会社が売っているサプリメントを「全部!」買わなきゃならないような気にさせられてしまう。 まして、数社のサプリメントとなると、取捨選択に迷ってしまう。 どこに「基準がある?」。その基準もわからない。 購買者は、「いい面の皮」。

 

注:いい‐つらのかわ〔‐つらのかは〕【好い面の皮】の意味 (出典:デジタル大辞泉(小学館)

[連語]割に合わないことに出会ったときに、自嘲したり同情したりしていう語。とんだ恥さらし。いい迷惑。「いつも引き立て役にされて好い面の皮だよ」

 

物事には、「限度」というものがある。 その限度を知る者は、「自分」しか居ない。 その自分に付け込もうとする悪い奴がいる。 どうせ勝手に「自分さんが決めるのだから、この問題は、自己責任だ」、と手前ぇは、後ろに隠れる。

ずるい奴ほど、得をする。 こういうずるい奴が、政治家にも多い。 いわゆる事業家も、「同じ穴の狢」。 だから、彼等は結託する。

 

同じ穴の狢=一つ穴の狢(むじな)。   読み方:おなじなのむじな=ひとつあなのむじな

意 味: 同じ穴の狢とは、一見すると違って見えても、同類・仲間であることのたとえ

 

政治家は、弁舌の徒だけあって、同じことを巧みに言葉を変えて言う。 一見非に見えて、そうなのが「バランス感覚」という言葉。  バランス、つまり、「釣り合い」を大切に考えたのは、昔から日本人も変らない。 嫁取りに、昔から「釣合」ということを言ってきた。 現代になって変わったことは、釣合を問題にしなく成ったことだ。 惚れた同士なら、宮家であろうと「平民(今は、国民という)」であろうと、釣り合いなんかどうでも良い、 一緒になれば良いじゃないか、と言う民主主義の時代である。

 

「釣り合い」と言うちゃんとした日本語があるのに、一寸「意気振って」あたかも、近代的だ(と言わんばかり)に、バランスとか、バランス感覚とかと、カタカナ英語で言ってみせる似非(えせ)政治家も多い。 「バランス」とは何だ。 釣り合いの基準は、どこに置く?  聞けば、おそらく、本音なら「手前ぇ勝手な判断次第」、と言うだろう。

 

バランスの基準なんて、ましてや、「感覚」なんて有りはしない。 有るのは、手前ぇの主観だ。 だから,「あなたのバランス感覚が問題です」、などと言う輩は、「俺の言うことを聞け」と言っているに過ぎない。 いまや、投票の時です。 こんな手前勝手な政治家の言うことを聞いちゃいけない、と言ってもいいだろう。