鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

総合診療

 

総合診療は、欧米では一般的ですが、日本では比較的歴史が浅く、その診療内容は、必ずしも、均一なものではありません。皆様は、総合診療科という名称から、どのような診療内容を想像されるでしょうか。具合が悪い時、あるいは、よくある病気の時にとりあえず見てもらうかかりつけの先生、何でも広く浅く診てくれる診療科といったところでしょうか。私達が目指す総合診療科は、これらの要素も一部は持ち合わせますが、日常よく見られる病気だけではなく、比較的稀な疾患も含め、患者さんを総合的に診て、全体の検査・治療方針を立て、その方が、最も良い状態で生活できるように診療を行うことを目標としております。主に内科的疾患が対象ですが、何か困った時に受診、あるいは紹介すれば問題が解決される、そのような診療科でありたいと願っております。(以上、慶応病院の説明より)

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ほんどう【本道】 (世界大百科事典 第2版の解説)

 

医学用語では漢方の内科系医学を指す。内科系治療法が薬物をおもに内用(内服)させる内治の術であるのに対し,外科系では薬物を外用させたり手術を施して治療する外治の術が行われた。中国でいう外科の呼称は内科との対比で用いられた。日本で室町期の戦乱の世が要求した医術技術の分科として生まれた外科系専門医に中国で用いられている外科の呼称を採用するに当たって,その名が初出する《太平記》では本道・外科と対比させて用いている。

 

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素人には、現代の「総合診療」、昔の「本道」の方が、遥かに分かりやすく、馴染みやすい。 今日の病院の管理は、縦割り(?)の傾向が強く。 各分野の医者が、他の領域の診断・治療を嫌う傾向が見える。 このことは、患者にとって甚だ迷惑なことで、元々、分からないから、医者に相談するので、他の分野のことは、相談されても受け付けない、のでは、医の「仁」術たる本来の目的を逸脱するものである。

  

この問題は、誰に、何処へ、持ち込むべきかが、一般の人には、これは容易に分からない。 強いて、持ち込む先を考えるとすれば、行政、政治家、ということになるのだろうが、医者と政治家は、結託し易い。 こう考えてくると、この世は悪人、気付かず屋、ばかりで、「救世主」が居ないことになりそうだ。 

 

一寸、体の調子が悪いが、何処が悪いかが、素人には何処の、どの医者に相談すべきかが分からない、ことがよくある。 こんな場合に駆け込む先が、昔は、町医者であった。 しかし、近頃は、こうやって飛び込んでくる「カモ」を狙って肥っている似非(ニセ)町医者も多いので、注意が肝要である。 と言って、ニセと本物の見分けはつけがたい。 そこで、信用出来る(?)大病院へかけこむことになる。 

 

総合診療科、総合診療病院は、救世主である。  是非、「総合診療」を実現して欲しい(現在は、どの病院にも、見かけない科である)。 仮に、その場で診断・治療が出来ないにしても、何処の、誰に、相談すべきかの助言、指図が欲しいのである。 そうした助言・指図こそ、心細く感じている患者にとっては、地獄に現れる仏である。

 

自分の体内のことは、身近な問題である。 しかし、当然ながら、自分の体内を見ることは出来ない。 その意味で、誰でも、自分の体内のことについては、素人である。 医者こそ、少なくとも、他人の体内については、玄人である。 玄人が、素人のことに、我関せずの姿勢を取っているのでは、「仁」が「忍」になってしまう。