鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

境遇と目

分かり易く物の値段で説明してみよう。 物品を購入する際には、誰でも手持ちの金の多寡と欲しい品物の値段とを比較する。 安ければ買い、高ければ見送る。 しかし、高い安いの基準は、何処に置く? 自分の目である。 だが。 自分の目の位置は、自分の背丈の高さで決まる。 

 

「彼奴、良いもの持ってるな!」。 その良い物を決めているのは、彼の懐具合である。 「それ、買うとすると、どれくらい?」。「ピンからキリですよ」。

でも、その助言には、「待った」を掛けたい。相手を見て、助言を求めるんだな。

同じ目線の奴か、高目の奴か、それで助言の意味が違ってくる。

 

良い境遇の奴は、いい服を着ている。 それが、彼奴の「普通」なんだ。 貴方の「普通」とは、違ったところに、彼奴の普通の基準がある。 人は自分の背丈に合わせて、物を見る。 背丈違えば、物の値段も異なる。 懐違えば、物価も違う。 高い安いは、懐次第。 

 

♬鞭声粛粛夜過河 暁見千兵擁大牙 遺恨十年磨一剣 流星光底逸長蛇♬

 

上杉謙信の軍は)ひっそりと鞭音もたてないようにして、夜のうちに千曲川を渡って(川中島の敵陣に)攻め寄せた。 (武田方は)明けがた(霧の晴れ間に)(上杉方の)大軍が大将の旗を中心に守りながら、迫ってくるのを見つけた。 この戦いで謙信は信玄を討ちとることができなかったが、)(その心中を察すると、)まことに同情にたえない。 の十年の間一ふりの剣を研ぎ磨いて、(その機会を待ったのであるが、)うちおろす刀一閃の下に、ついに強敵信玄をとり逃がしたのは無念至極なことであった。 (吟剣詩舞道漢詩集』による)

 

もし、この時にLED探照灯があったら、「粛々」どころではない。 「ざわざわ」、「ぞろぞろ」と、千曲川川中島へ向かって、上杉軍は渡って行ったことであろう。 でも、明るく見える、いくら、ざわざわ、ぞろぞろ、であろうとも、その目で、武田信玄を捉え、「遺恨十年磨一剣」を浴びせることが出来たに違いない。 見る見ないの違いは大違い。 見る見ないのあり方は、探照灯の有無で決まる。 買う買わないも、懐で決まる。 げに、境遇こそ恐ろしけれ。