鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

老人ホーム内放送局

以前に、老人ホームが、老婆の館であると述べたことがある。 容易にご理解頂けるように、女性の方が一般的に長生きするので、結果的にそういうことになる。 また、老人ホームに入れられた老人には、娯楽が少ない。 勢い、食後の団欒は、一種の職場会議であるが、井戸端会議めいてくる場合が多い。

 

大抵の老人ホームでは、数人が同テーブルを囲んで、食事をするが、その中には、他の人の話に耳を傾け、かつ、根掘り葉掘りして詳しいことを積極的に聞こう(知ろう)する老婆も混ざっていることがよくある。 そうした老婆に限って、そうして聞いた話を、自テーブル以外に座っている他の老婆たちへも言いふらす。 こうした老婆は、自分が、(特に?)聞き知った話を自慢気に他の老婆たちに言うことに一種の誇らしさを感じているのかも知れない。 

 

このような老婆を、仲間は、「放送局」と綽名して、その老婆の前では、余計なことを言わない様に警戒するようになる。 そうした老婆のことを「聾の早耳」と陰口を叩き、仲間外れにすることも多い。 しかし、実際的には、聾の早耳や放送局になる可能性は、殆んど健常老婆全員が持っている。

 

聾の早耳:

都合の悪いことは聞こえないふりをし、悪口などに敏感に反応することにいう。 た、聞きとれなかったのに聞こえたふうをして、早合点すること。 出典|三省堂大辞林 第三版

 

私の以前のブログ:老婆心も参照して下さい

 

このような「仲間はずれは、往々にして、「いけず(意地悪)」へ、さらには「いたぶり」、「イジメ」へ展開して行く。 もちろん、意地悪の行き着く先は、喧嘩・口論である。 古女性(老婆)の喧嘩はすざまじい。 さすが、取っ組み合いは珍しいが、口もきかないは、在り来りのことです。 それが執念深いのですから、同テーブル仲間の人間関係は、無残な有様に成る。

 

しかし、混住の老人ホームでは、健常老婆もいろいろで、ボケた恍惚老人や認知症患者老人に対し心優しい労りの(とも、お節介のとも判別しがたい)手を伸ばしている健常老婆もおれば、無関心の健常老婆や軽蔑して、軽侮する健常老婆も居る。 それに加えて、健常、ボケ、認知症の「男性」老人が混住しているから、老人ホーム内の人間関係(社会)を一層複雑になる。

 

かてて加えて、他人に養われる形の老人ホーム居住者には、衣服、掃除、睡眠、排便、洗濯、食事、娯楽、医療、などのケアの問題もある。 そのそれぞれのイッシュ(課題)について、それぞれ幾つもの苦情、不満、不安、喜び、がある。 そのような苦情、不満、不安、喜びの一つ一つが、意図的操作を行わなくても、入居者同士の間の口コミ放送を通して、自然に老人ホームの限られた「格子無き牢獄」の世界の隅々まで瀰漫(びまん)する。

 

概して、混住老人ホームには、ボケた恍惚の老人、認知症老人の数が相対的に数が多いので、こうした口コミ放送の結果は、表面には現れず、陰にこもったいわゆるサイレントな苦情や不満として瀰漫するが、入居者の大半は、受身のボケ老人、認知書患者で、しかも一般的に言って死期の近づいた人たちですからすから、サイレントな苦情、不満、などは、表面化、つまり放送も容易に抑えることができる。

 

民主的な考えを持つ気力ある健常な人達の間なら、そうしたサイレントな苦情や不満は、簡単に表面化されて、爆発し、世間へ向けて放送されるでしょうが、平常監視され、抑圧されている気力を失ったサイレントな入居者たちの場合は、彼等の間だけの、内緒に囁き(ささやき)合い、だけで済む。