鞍馬天狗

夢寐のたわごと

暗夜行路

私が説明する暗夜行路は、志賀直哉の「暗夜行路」とは少し違います。  登場人物も時任謙作ではありません。 登場するのは、あなたです。 母の腹から、生まれ出たあなたにとっては、この世界は正に「暗夜」だった筈です。 この暗夜を進んで行く為に与えられた足元を照らす手明かりとしては、あなたの主体性しかありません。 当初は、消えそうになる自分の主体性を、父母や周囲の人の手を借りながら、見守り、育てて行かねばなりません。

 

この自分の人生の行路を導いてくれるテキスト(教科書)、諸先輩、先生の助言は、単に行路の方向を決めてくれるだけです。 この人生の何処まで行き着くかは、あなた自身が持つ力(体力、気力、知力、つまり、能力と意欲、etc,)で決めるのです。 この行路を決める手掛りとして与えられているのは、道路地図だけではありません。 他にも、エリア・マップ(ガイド)としての全体的展望を与える古今東西の哲学や科学、諸専門分野の知見、自分自身の見聞や経験、などが与えられています。

 

しかし、行き着く先は、繰り返しますが、あなた自身が決めるのです。 自分のマイレージは、自分が持つ馬力で決まります。 自分の馬力は、自分で涵養するより他の手はありません。 では、「出かけるか?」。 馬力があっても、なかなか、踏ん切りがつきません。 手元の手明かりだけでは、未来が予知できないからです。 どのようなリスク(危険)が待ち構えているかは、予測出来ません。 天与の預言者ででもない限り、誰にも、そうした予知能力は備わっていません。

 

リスク・テーキング(冒険)が求められているのです。 「一か八か」,自分の目を塞いで、[成るように成れ]と暗夜へ飛び込んでゆく「暴勇(?)」の精神が必要なのです。 この場合、よく「計算してリスクをとれ」と言われますが、どのように計算しますか?  未知のものについては、計算の仕様がありません。この助言は、単に、「臆病になれ」と言っているに過ぎないでしょう。 

 

用心に用心を重ねて、慎重に「石の橋を叩いて渡る」だけの用心深さが必要というわけでしょうか?  これを言い換えると、「おっかなびっくり」で物事に当たれと言っているに過ぎません。 落ちるかも知れないのです。 「落ちる」ことを恐れていては、物事は捗り(はかどり)ません。 臆病も、勇気の一つの現れです。 

 

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注:臆病の神降ろし:臆病な者が神々の名を唱えて加護を祈り求めること。

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用心深い者はいるでしょうが、臆病でない者は、この世には居ません。 用心深いのは、臆病だからです。 伝説の豪傑力士、雷電為衛門でも、目の前に虎が居たら、怖がるでしょう。 問題は、逃げるか、立ち向かうかの違いです。

 

と言って、虎に立ち向かえと言っているのではありません。 同じ立ち向かうなら、十分な武器、例えば、鉄砲、を持って立ち向かうのです。 「計算して、リスクを取る」とは、「準備してリスクに向かえ」と言うことに他なりません。

 

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注:雷電 爲右エ門(為右衛門、らいでん ためえもん、明和4年(1767年)1月 - 文政8年2月11日1825年3月30日)は、信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身の元大相撲力士。 現役生活21年、江戸本場所在籍36場所中(大関在位27場所)で、通算黒星が僅か10・勝率.962で、大相撲史上未曾有の最強力士とされている。

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