鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

創 造

創造(良い考え)は、瞬間的なものである。 インスピレーシヨンが、創造を生むので瞬間的なのである。 創造は,如何様な場面(場所:三上、時、)に於いても、誰の心の中でも、起こり得る。 だが、瞬間的なインスピレーションとして現れるので、長くは留まらない。 例えば,文筆家の場合、文章を書き進める内に、突然に頭に閃くので、その瞬間を見逃すと、創造は消えてしまう。

注:欧陽脩の「帰田録」に言う「余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃(すなは)ち馬上枕上(ちんじゃう)・厠上(しじゃう)なり」から 》文章を考えるのに最も都合がよいという三つの場面。馬に乗っているとき、寝床に入っているとき、便所に入っているとき。(Webより)

 

また、創造(良い考え)は忘れた頃に、所(街路上、歩行中、三上、会議中、買物中、電話中)構わず、突然に思い浮かぶ。 このインスピレーションを逃さない為には、「メモ帳」、「筆記具(ペン)」を、手、そして目の届くところに、常備しているのが望ましい。 手、そして目が届く範囲内と言うのは、創造は素早く消え去るので、出来るだけ早く実行に備えられるべきだからである。

 

注:「歩きスマホ」または、「ながら歩き」、は、操作している本人には周りが見えにくくなるため(視野は通常歩行時の約1/20で、対象物を認知できるのは1.5mまで接近した時点)、周辺の歩行者に接触する事がある。 悪質な場合は自転車・バイクなどとの接触事故が発生し、けが人が発生するといったトラブルが起こっている。歩きスマホが危険であることは科学的にも立証されている。 また接触がなくとも、周辺を歩く人の流れに乗れないため、周りの通行人が回避する必要が生じるなど、交通の流れを妨げるためマナー違反とされている。

 

メモ採録は、安全で、他の人に迷惑にならない場所を選んで、行うべきである。

良い考えは、自分だけのものではなく、結局は、他の人のためのものでもある。

どのような創造(良い考え)も、過去、現代、未来を問わず、社会的認知を得なければ、創造(良い考え)とは言えない。 

 

人間は、個として生きているのではなく、他とともに生きている。 社会抜きでは、個も、個の創造もあり得ないのである。