鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

老 心

喜心=人生楽しむ、

老心=人を思いやる老婆心みたいに、

大心=くよくよしない

(Yahooより)

 

心にも、いろいろな「心」があるのですねぇ。 私のは、老心からです。 もっとも、老婆じゃありません。 80歳を越えた老爺です。 近頃、餓鬼共の間で、「イジメ」とやら言う陰湿・険悪な喧嘩(?)がよく起こると言うじゃないですか。 イジメる側が、年長の餓鬼、仲間の餓鬼、教師・校長という大餓鬼、イジメられる側が、哀れな小餓鬼だそうですね。 この種の話、テレビで連日・連夜、見させ(聞かされ)ると、折角「喜老」の気分でいるのに、テレビも切ろうという気にもなりますね。

 

私は、素人の爺で、その資格も能力もありませんが、こう連日見させられると、横から、口を出したくもなりますね。 これや、結局のところ喧嘩でしょう。喧嘩なら、どちら側にも言い分はありますよ。 片方への処置、片方への対策ばかりを考えていたのでは、埒は空きません。 拍子木だって、両方がなければ、鳴らないんです。 忠臣蔵じゃありませんが、「吉良と浅野」の両成敗を考えるべきですね。

 

喧嘩は、昔から、そして、今日でも、日本国内でも、世界でも、アッチコッチで起こりますよ。 対策は、いじめる側に対しても,イジメられる側に対しても、予防を含めて、常時取って置くべきでしょう。 予防措置が適切なら、初めっから、イジメる側、イジメられる側の違いも起こらないでしょう。 

 

それには、楽しく、好ましい状況を作ることが先決になります。 これが上手く行ってれば、「不登校」の問題も、起こりません。 孟母三遷の喩えもあります。

 

注:「孟母」とは、孟子の母親のこと。  「三遷」とは、住居を三度移し変えること。
孟子の家族は、はじめ墓場の近くに住んでいたが、孟子が葬式ごっこをして遊ぶので、市場の近くに引っ越した。 市場の近くに住むと、孟子は商人の真似ばかりして遊ぶので、学校の近くに引っ越した。  すると孟子は礼儀作法の真似ごとをするようになり、孟子の母は「この地こそ我が子にふさわしい」と言って、その地に落ち着いたという故事から。  (Web より)

 

大心になれましょうか?