鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

アコーデオン小父さん

先日、日露戦争旅順港閉塞隊の一艦として沈没してゆく福井丸艦長「軍神:広瀬中佐」の軍歌を、この施設を訪れた小父さんが、自分が弾くアコーデオン伴奏で歌いだした。 プロとは言えないまでも、一寸いける良い声だ。

 

轟く砲音 飛来る弾

荒波洗うデッキの上に

闇を貫く中佐の叫び

「杉野は何処杉野は居ずや。」

 

私が棲む老人ホームには、80~90人程度の入居者がいる。 大半が、老婆で、男性の数は相対的に少ない。 その少ない老爺の大半がボケている。 一ケ月に一度ぐらい外部からアコーデオンを抱えて、年の頃60歳位の小父さんがやってくる。 入居者たちに、昔の歌を音楽入れで聞かせ、有料(?)で慰めようという訳だ(本人か、入居者のどっちが、慰められているのかわからない)。

 

そう言えば、昔、似たような街の独りで街中を歌い歩く音楽屋が居た。 舞台では、歌謡漫談と呼ばれる名称で、東京ボーイズというグループが似たような芸を見せていた。 先日もこの小父さんが、施設へやってきて日露戦争の軍歌「広瀬中佐」をやった。 他人の商売を邪魔するつもりはないが、せいぜい大正・昭和一桁生まれが中心となるボケ老人や認知報患者の多い老人ホームでは、この明治の歌の選択は、間違っていた。 観察していると、この日露戦争の歌を、入居者たちは「ボケ」っと聞いているだけだった。

 

ともあれ、今は昔の芸として廃れて(すたれ)いる歌謡漫談は、楽しみの少ない老人ホームでは、上手い手軽な芸だと思うが、歌(出し物)の選択にいま少し工夫が必要だ。 紙芝居の昔話なども、いい選択だろう。 この小父さんの今後の商売繁盛を願うのみである。