鞍馬天狗

夢寐のたわごと

バリアーフリー

健常者には、バリアーとは見えないもので、バリアーフリーでないものも多い。 しかし、老人と若者にとっては、バリアーの種類が違うらしい。 昨年のこと、自分が卒業した大学を50年ぶりに訪れた。 ところが、キャンパス(正門)へ入れなかった。 昔の正門は、厳しく作り変えられていた。 正門は、2段ほどの階段作りになっていた。 階段は、街のどこにでもある(例えば、寺院・神社の入り口、百貨店内、など)ものと、ほぼ同じであったが、その階段がバリアーになった。

 

昔から弁天様詣で有名な鎌倉近くの「島」には、上りのエスカレーターはあるが、下りのエスカレーターもエレベーターもない。 歩いてくだる以外には、下りようがない。 下り道には手すりはないが、下り道の途中に幅50cmほどの溝のあるところがある。 90歳近くなった私には、この幅50cmばかりの「溝」がバリアーになった。 通りかかった若者に助けられて、下る事ができた。

 

私が棲む老人ホームの玄関には、外出から帰った泥だらけの靴(履物)の泥を拭うための薄い(厚さ1cm前後)泥拭いマットがある。 疲れて帰って来たときに、このマットに良く蹴躓く(けつまずく)。

 

私が取引をする銀行の近所の支店の入り口に、僅かな段差がある。 銀行側の配慮だろうが、おそらくその段差を無くすために、長さ60~70cmばかりの鉄板のスロープ板がつけられている。 このスロープ板は、危険で使えない。 幸い、段差のあるところに、頑丈なスチール製の手すりが付けられている。 この手摺が、救いの神になる。

 

最後に、「お前がバリアーだ」という若者が居ることも忘れるな!