鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

貧すりゃ、鈍をする

標題の意味は、「貧乏すると頭の切れる人でも愚かになる。 貧乏すると生活に追われて、どんな人でもさもしい心を持つようになる」らしいのですが、私は、今朝、思いがけなくも、似たような状態に置かれました。 ちなみに、私にとっては、「貧」は常時のことで言わずもがなです。 言い訳がましのですが、「鈍」の方は私じゃありません。 私の見解では、「鈍」は機械でした。 

 

日頃、髪の毛の領域が攻め苛まれて狭くなり悩んでいます。 従って、髪脂の必要があまりありません。 ポマードでテカテカさせなくても、「地」でテカテカ輝き始めています。 それに加えて、ポマードの匂いが、女の子(老婆)のアイダでは、必ずしも歓迎されていません。 従って、洗髪の必要もないため、風呂へ入っても頭は洗わない,という生活をずぅ~と続けてきました。

 

今朝、飛び込んだのは、近くの¥1,000(+消費税)カットの散髪屋でした。

毎回のことなので、ごく当たり前のこととして、¥1,000札と¥100玉を機械へ入れたところが、バラバラと何枚もの小銭が落ちてきた。 これは望外の幸せと、そのままポケットへ入れて置くようなといった浅ましいことはせずに、「おじさん、この機械、壊れているよ。 これお釣り。」と差し出したところが、「お客さん、貴方の押したボタンは、(シャンプー付き)なんですよ。でも、負けておきますよ。 シャンプーはしますから。 これは機械ですから、入れてしまったお金は、取り出せないんですよ。」 

 

結果として、念願でもなかった洗髪(残っていた毛は僅かだったんだがなぁ!)をやって貰った。  しかし、よく考えてみると「図られた!」わけである。

 

類義の諺に,

注1:「人貧しくて知短し」

注2:窮すれば濫(らん)す」

注3:「災いを転じて、福となす」 

(以上、Web より)

 

しかし、考えように依っては、長い間サボっていた洗髪をやったわけだから、自分のためには、良かったのかも知れない。 ただ、「貧している時」ということを考えると、単に「時宜を得なかっただけ」なのかも知れない。

 

注4:近代の名小説家 太宰治は、「貧すれば、貧(どん)する」と書いた。  そう言えば、貪欲と書いて、どんよくと読むな。