鞍馬天狗

夢寐のたわごと

例外=発想の転換

「例外」です、という説明が良く為される。 果たして、「例外」とはなんだろうか? 例外があるということは、「一般」があるということに違いなない。

では、まず、一般の例を見てみよう。

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老人は一般に:

  • 老人は、体力が衰えており、歩くのに苦労している。
  • 老人には、労り(労り)が必要だ。 だから、介護(?)という横から介入(助け)が必要である。
  • 老人は、歯が悪いから、硬いせんべいなどはたべないが、柔いものうを好む。
  • 老人は、理解力が衰えている。 だから、高齢者の自動車運転は危険だ。
  • 老人は目が悪く、視力が衰えて言る。 従って、物がよく見えない。 この点からも、高齢者の自動車運転は、避けるべきである。
  • 老人は、血圧が高いから、塩気のものは食べないように心掛ける。 
  • 老人は、頭に血が登り易い(逆上せ易い)。 従って、あまり老人を怒らせたり、興奮させたりしてはいけない。
  • 老人は、身体を冷やしてはいけない。 老人に冷た過ぎる飲物やアイスを食させるのは避けるべきである。 また、厚着をさせるべきである。
  • その他、云々。。。。。。

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「型破り」の人は、案外が居るものだ。 例えば、上に記した全ての点について、例外的ではなくとも、その一つか、二つの点について、例外の老人はいる。

「年寄りのくせに、せんべいをバリバリと食う」、「年寄りだが、塩辛いものを好んでたべる」、など、型にはまらない老人も居る。

 

これは「標準語」と言う概念によく似ている。 文部科学省認定の教科書やNHKの放送員が、いわゆる「標準語」を使っているのかも知れないが、そのNHKの放送員ですら、自分の両親や兄妹、仲間と話しているときには、所属する地方の「方言」を使っていると思う。 もちろん、教科書は、印刷物だから型に嵌っており、型を破らないので、方言は使わない。

 

問題は「型」にある。 「型があるから、例外もあるのである」。 実は、例外こそ、「実態」なのかも知れない。 「型」は、後で作ったものである。 いうなら、「個」が実態なので、その「個」を総合したものが、「型(パターン)」であり、われわれは、ややもすると、「型」が基準になると錯覚しているのである。

基準は、「個」にある。 標準語は、何らかの理由からお役所が考えだした妄想=標準(?)である。