鞍馬天狗

夢寐のたわごと

皆んなで、やれば悪くない

集団で悪行(業)を犯しても、その中の個人の「罪悪感」の感じ方は薄れるようだ。 「皆でやれば、怖くない」の感覚と一脈通じるところのある言い方として、「皆でやれば、悪くない」と言い換えてもいいくらいだ。 こうした悪行(?)は、司法に依っても、黙認されているらしい。  証拠が掴めないので(抑えられないので/証拠を隠すのが巧妙で)、容易に警察や検察が,此奴等を挙げようとしても、「挙げられない」のだ。 その例を数え上げれば、数え切れないほどある。

 

数え切れない例の中の一例として、旧県(?)知事の「合法だが、不適切」なやり方がある(この悪漢、県民から掠み(かすみ)盗った高額の物品「返す、返す」といったくせに、「辞職したから返す必要はない」と嘯ている)。 現XX大臣の「モリカケ問題」にも、悪行の気配が窺われる。 以前にも、何度も述べているが、政治家と事業家(金持ち)の間は「ツウツウ」である。 

 

政治家が手本を見せれば、事業屋もそれに習う。 一般国民(庶民)と言うもの知らずの無知と我欲を肥やしに、ドンドン太ってゆく。 

 

「これでもか、これでもかと、元々安い品物にを何段階かで値引きし、最後にトドメの一刺しとして、「この番組が終わってから30分以内に申し込むなら、¥X,000の一層の割り引が貰えます」と美人女優のニコヤカな顔、ないしXXX大学、研究所の鹿爪らしい学者先生の顔で言わせる「利益/我欲誘導」バイブル商法も非合法ではないが、不適切なやり方である。

 

そう言えば、「プラシーボ効果」を狙ったサプリメン卜販売も、「非合法ではないが」、客を不安と利益で釣る「不適切な」商法である。 その証拠に、特定

注:プラシーボ効果プラセボ)とは、薬効成分を含まないプラセボ(偽薬)を薬だと偽って投与された場合、患者の病状が良好に向かってしまうような、治療効果を言う。 プラシーボPlacebo)の語源はラテン語の「喜ばせる」に由来しており、患者を喜ばせることを目的とした、薬理作用のない薬のことを指すようになったと言われている。(Web より)

の一社が、数種類に渡るサプリメントを売っていることがあるが、それらのサプリメントの全部を服用しないと(買わないと)、あたかも健康が贖い得ないような錯覚を生む。 しかも、「継続は力なり」と煽り立て、「定期購入が安価ですよ」と利益誘導をして、顧客の「囲い込み」を図る。 このような非合法ではないが、不適切なやり方についても、その販売(製造)会社の社員たちは、そうしたやり方が「非合法ながら、不適切」かも知れないと、知っていながら/感じていながら、自分の(?)会社の繁栄と儲けについては、確信犯(?)として忠誠を尽くしている(嫌なら首だよ=陰湿の脅迫)。  

 

注;確信犯(かくしんはん、: Überzeugungsverbrechen - Überzeugungs:確信(による) Verbrechen:犯罪)とは、自分の道徳的・宗教的、あるいは政治的な信念に基づいて行われてる犯罪のこと。 行為者は「確信犯罪者」「確信犯罪人」(der Überzeugungsverbrecher)。ドイツの刑法学者グスタフ・ラートブルフの提唱による法律用語。 いわゆる義賊テロリズムがその代表例である。 日本語では、原義から意味が変わり「悪いことであると分かっていながらなされる行為・ 犯罪又はその行為を行う人」という語彙として定着しつつあり[、そのように使用されることが多い。(Webより)

 

警察や司法は、基本的に「個人」を犯罪者として捉え、裁こうとしているようだが、以上のようなスレスレの悪事を働く連中や個人は、捉えないし、裁こうともしない(だから、「知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいる旧XX県(?)知事」は囚われない)。 ましてや、こうした悪漢が「会社ぐるみ」で棲息しているとなると、捉えようがない。 会社(集団)の中に潜む悪者は、悪事と知りつつ、薄々不適切と感じつつ、会社(そうして、延いては自分)のために、「一意専心」して、心ならずも、働いているらしい(!?)。