鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

共食い

 

今朝、テレビで放映していた。 沼津、浜松辺りの名産は、「鯵の干物」、それに鯵の干物を利用した「おむすび」。 老人ホームでは、「骨のある魚」は、食用には、出さない。 危険を慮ってか?  しかし、沼津、浜松、さらには、静岡県にも、老人は居る筈。 従って、老人ホームもある筈。

 

気骨の枯れた干物のような老人たちが、鯵の干物にムシャブリついている有様は、自虐的ながら、テレビ放送や、新聞・雑誌の良いネタになる。 こうした自虐的感想が許されるのも、筆者自身が鯵の干物にムシャブリつきたいと願う干物のような老人だからである。

 

いままでに、あれこれテーマや表現を変えて報告してきたが、世間一般の老人に対する固定観念が間違っている、と何度も述べてきた。 「老爺を絵に描け」と頼んだら、間違いなく、世間の人は「腰の曲がった杖を突いて歩るく頭の禿げた老人男性」を絵に描いて見せる。 だから、老人ホームや高齢者向け仕出屋(会社)は、骨抜きのよく蒸し上がった秋刀魚の「焼き魚(?)」をメニューに載せる。

 

人間の寿命の限界を100年と唱える今日だよ。 90歳を超えた人たちも少なくない。 煙でむせるようなコンロで焼いた(目黒の)サンマが食いたいねぇ。

私がひところ住んでいた老人ホームの近くにあった駅前の「中通り」の店頭で団扇でパタパタと煙を飛ばしながら、焼いていたサンマやうなぎの匂いが忘れっれない。 老人は、涙もろくなっている。 その涙は、サンマを焼く煙で「むせた」涙だろうし、悔しさの涙でもある。 悔しかったら、老人ホームの食堂で、魚の干物を出してみろ!