鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

不味い食事

病院の食事、老人ホームの食事、高齢者向け食品、などには、「不味い」という定評がある。 栄養管理士などが、色々苦心して、こうした施設なり、高齢者向けなりの料理を作っているのだろうが、折角、こうして考え出してくれた料理も「食べなければ」これら料理、食事のカロリーや栄養は、食べる人取っては、無用の工夫であり、苦心であって、役立たない。

 

不味い食事の最大の原因は、いろいろな縛り(制約)にあると思う。 こうした縛りには、病理的な制約、コスト上の制約、食べる当人の好き嫌い、などいろいろあるだろうが、そうした縛りに関わりなく、ただ単に食べるだけではなく、「美味しく食べること」が当人の健康を維持する上では、最重要条件である。 旨いと思って食べれば、例え粗食であっても、身につくものである。

 

値段の高いものが、美味しいとは限らない。 研究がいくら優れていても、その結果は、「味」とは関係がない。 むしろ、長い経験から生み出された経験則に基づく「田舎びた」粗食の中に「旨味」が潜んでいたりする。 旨ければ、食べる。 食べれば、身につく。 研究の方向が、「健康」に向けられるのではなくて、「味」に向けられなくてはいけない。

 

栄養と味とは、関係がない。 ちょっと、見当がずれるが、「好きこそものの上手なれ」と言う言葉がある。 同じように、「好きなら(旨いなら)、食が進む」。 食わなければ、栄養も、健康も、図りようがない。 旨い物葉、案外、田舎にある、地方の伝統料理にある。 栄養を求めるのではなくて、「旨さ」を求めるなら、研究、発明にあるのでなくて、案外、発掘、発見にあるのかもしれない。

医食同源を忘れるな。