鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

すみません!

すみません (済みません)

骨を折らせたり世話を掛けたりする(した)時その労をねぎらい、迷惑を掛けた時わびる言い方。(web より)

 

及び腰

やや腰をまげ、手を伸ばして物を取ろうとする不安定な姿勢。 比喩的に、自信ややる気のない態度。

(Web より)

 

及び腰になる: 

前進する心意気が失われること。 気後れする。 臆す。 怖気付く。 積極性を失う。 尻込みをする。  自分が小さく感じる。  意欲がなくなる。 内向きに成る。 気持ちがくじける。 堂々と出来ない。 ビクビクする。 逃げ腰になる。  へっぴり腰に成る。  後ずさる。 弱き気になる。 浮足立つ。 

(Web より)

 

我々は、他人(人)に呼び掛けるとき、無意識に「すみません」と声を掛ける。

考えてみると、不思議だ。 何を、何故謝ってる? そう言えば、何処へ行っても、謝ってる。 何をするにも、謝ってる。  何か悪い事でもしたのか? 

「ちょっと」と限度を付けて、「一寸、すみません」と謝ることや人も多い。

ときに「大変、すみませんが」と大仰に言う人もいる。 そう言えば、最近、日本の文化は「謝りの文化だ」とコメントしている外国人が居ると聞いた。 

 

無理やりに謝らせようとする「隣国の文化」もあるから、「誤り(謝り)の文化」が、傍にあって調度良いのかもしれないが、オリンピックになると、「無理やりの文化」ではなくとも、「図々しい文化」の連中がワンサとやってくるから、いい加減に「謝る」のは止めた方が良い。 謝るのは、受身の姿勢だ。

 

丁寧ではあっても、及び腰の消極的態度じゃなくて、積極的に呼びかける言葉はないものか。 「ごめんなさい」は、どうだろう。 これも昔から使われている日本語の「呼び掛け語」である。 遠慮がちに図々しく響くが、悪くない。

 

 

日本では、昔から「控え目」であることを美徳としてきた。 何かを言い出そうとするときに、「及ばずながら・・・」と事前に及び腰の断りを言って、話し切り出すのは、一見(一聴)、奥床しく見えたり、聞こえたりするが、図々しい相手なら「及ばぬのなら、黙ってろ」と機先を制してくる恐れもある。 「私にも言わせて下さい」と積極的に掛かってくる外国人には、万事に「お控えになさる」ヤクザっぽい姿勢でも通じない。 いずれにしても、相手は、言うこべきことだけは言う。

 

おもてなしの相手は、「匕首(あいくち)」じゃ無くて、ピストルを持っています。 まるで、幕末の薩摩藩長州藩が、古びた大砲と槍・刀で、大英帝国の軍艦と戦ったように、腰の引けた「すみません」の受身姿勢では、彼らの積極的姿勢とは渡り合えない。 政府は、外国人歓迎ムードで、受け入れ姿勢を考えずに、外貨獲得に励んでいるが、日本人の「謝る精神」を「図々しさ」や「厚かましさ」とを適当にカクテルする準備を、そろそろ始めた方が良い。