鞍馬天狗

夢寐のたわごと

混ぜご飯

日本の伝統的な食品として、「混ぜご飯」がある。 これは米を主食とする人達へ自然が齎して(もたらして)くれた恵みであると思う。 混ぜご飯は副食と主食を一体化したものであるから、後は混ぜる物の選択次第で、適度に高級にもなるし、栄養価も高く、味もよく、また、費用(価格)も安くなる。 後は、「汁(茶、水、など)」だけ十分な食事になる。 しかも、握って、水筒を携えれば、(昔なら、道端を流れる小川の水、今なら自動販売機のペットボトルの飲用水なり、ジュースなり)さえあれば、携行食にすらなる。 さらにさらに、この食材は、比較的長く保存に耐える。

 

これだけ多様な可能性を秘めた食事は、他に、そして他所(他の国)にはない。 食器、什器もいらないのだから、安上がりこの上ない。 それに加えて、海苔という天然の栄養価の高い、味の良い包装物(食材)を、昔から使っている。 近頃、「食器まで食べられる」ことを、セールスのポイントにしたファースト・フードが売り出されているが、そうした近代的「後追い発明」を、日本の混ぜご飯に依る握り飯(おむすび)は、昔から先取りしていたのである。

 

加えて、握り飯(おむすび)には、隠れた効用がある。 必ずしも勧められることではないが、早く作れ、早く食えると言う効用がある。 おまけに、混ぜご飯も握り飯も、世界に有名な「和食」である。 パンやピッツア、マカロニ、ナン、芋を主食とする人達には、考えもつかない、安価で、便利で、しかも、旨くもあり得る簡便保存食である。

 

米の文化は、平安時代に米を「握る」文化として起こった。 それが江戸時代に派生食品を産んだ。 その最大最高の派生食品は江戸前の「すし」である。 しかし、「寿司」は、携行するには便ではない。 他方、本家の握り飯は。発生の頃の「頓食(とんじき)衣鉢を継いで、簡便の姿をとどめている。

 

注1:おにぎりの起源は、平安時代の「頓食」(とんじき)という食べ物と考えられています。現在のようにおにぎりにのりが巻かれ始めたのが、加工された四角い板のりが「浅草海苔」などの名称で一般に普及した江戸時代中期、元禄の頃です。  のりは、栄養が豊富でかつ、手にご飯がべたつかないという便利さも相まって、おにぎりにのりを巻く習慣が根付きました。 江戸時代は、携行食として重宝されていました。  現在では、携行食という概念がほとんどなく、日常的に食す一般食として普及しています。(おにぎり協会記述より)

 

注2:「妖術と いう身で握る 鮓の飯」『柳多留』(文政12年(1829年)、作句は1827年)が、握り寿司の文献的初出である。 握り寿司を創案したのは「與兵衛鮓」華屋與兵衛とも、「松の鮨(通称、本来の屋号はいさご鮨)」堺屋松五郎ともいわれる。 『守貞謾稿』によれば、握り寿司が誕生すると、たちまち江戸っ子にもてはやされて市中にあふれ、江戸のみならず文政の末には関西にも「江戸鮓」を売る店ができた。 天保の末年(1844年)には稲荷寿司を売り歩く「振り売り」も現れたという。 この頃には巻き寿司もすでに定着しており、江戸も末期、維新の足音も聞こえてこようかという時代になって、ようやく現代でもポピュラーな寿司が出揃った。(Webより)

 

せっかくの「混ぜご飯」である。 しかも、世界にまれな簡便携行食になり得る安価な和食である。 この食品は、工夫次第で、いっそうの発展の可能性を秘めている。 これに着眼しない手はない。