鞍馬天狗

夢寐のたわごと

ひたむき

ことの是非(方向)は問わない。 方向は当人の主体性(価値観)に関わることであるから、従って別の稿を立ち上げて、それはそれとして考えることにする。 ここでは、「妻が夫に、夫が妻に捧げる愛情」、「大楠公楠木正成)が後醍醐に捧げた忠誠心」、「日本兵が戦時中に天皇と日本国民、そして母に捧げた真心」、etc.を取り上げる。

 

「ひたむき」は、やり方に関わる問題である。 結果や目標には関係がない。 人間の場合に当てはめれば、「死」そのものには関係がない。 「死に方」、「生き様(生き方)」のあり方が、「ひたむき」の対象になる。 ひたむきな心を持つ姿は、美しい。 日本人が大和心として、伝統的に求めてきた「美しさ」が、そこにあるように思われる。

 

注:ひたむきに

一つのことにまっすぐ突き進むさま。 「ひたむき」は「直向き」と書く。 

提供 実用日本語表現辞典

 

近頃、「ひたむきさ」が消えた。 雑念が多すぎる。 「歩きスマホ」然り。

「よそ見運転」然り。 それでは一心不乱、一意専心の対象が、アッチにある。ひたむきであるべき対象は、目標や挙げる結果にあるにじゃなくて、コッチにある。 他を見向きもしない一意専心の姿それ自体は美しいが、その美しさは生き様に求められるのであって、スマホ操作や自動車運転にではない。

 

ここで、主体性が問題になる。 何処に、「ひたむき」の対象を求めるべきか、それは、あなたの主体性(価値観)が決める。 別に考えて貰いたい。