鞍馬天狗

夢寐のたわごと

やもめ(寡婦、寡夫)

私は、老人寡夫である。 家内を十年ほど前に亡くした。 男は、伴侶を亡くして3年、女は、伴侶を亡くして、10年生き長らえると聞いたが、私は、10年近くも、いや、それ以上に、生きながらえると思う。

 

注:やもめ. 【意味】 やもめとは、夫のいない女。夫を失った女。 未亡人。 後家。 女やもめ。 妻のいない男。 妻を失った男。 男やもめ。 やもお。 【やもめの語源・由来】. 本来、独り身の女性を指す言葉で、男性は「やもお」と呼ばれていた。  「やもめ」の「め」は「女」、「やもお」の「お」は「男」の意味である。  「やも」は「止む」や「病む」の意味とする説や、「夜間守」の意味など若い時代に、あるが、独り家を守る意味で「屋守(屋守り女・屋守り男)」が妥当であろう。

(Web 辞書)

 

私は、短い間っだと記憶するが、30歳前に「蛆が湧く」独身時代を過ごしたことがある。 当時、「単身者用」と呼ばれた横浜戸塚区の小松ヶ丘公団住宅に住んでいた。 現在は、この鉄筋ビルも耐用年数が過ぎたのだろうが、跡形もない。  5階建てだったと思うが、エレベーターなんて、気の利いた物は付いていなかった。 だが、仕事(何をやっていたのか覚えがない)が終わると、早々と、結婚前の彼女が来ているであろう家(アパート)へ急ぎ帰り、若さの馬力で5階までの階段を駆け上った。

 

それが ,今や、ある老人ホームに住む寡夫である。 しかも、膝、腰、そして足まで痛い。 一段の階段ですら「段差」だから、用心して登らねばならない。 隔世の感は、何も時代、時代に限る感ではない。 自分一代の間でも感じる感である。 もう、家(部屋)へ帰っても、待っている彼女はいない。 ウヨウヨいるのは、最近まで見知らなかった、漸く近頃顔見知りになった他所(近所)の老婆たちである。

 

しかし、託つ(かこつ)なかれ。 心掛け次第で体力は回復する、という情報もある。幸い、ボケてはいない。 心掛けるための「心」は持ち合わせている。

注:かこ‐つ 【託つ】 

1 . 他の事柄にことよせる。口実とする。かこつける。          2. なげいて言う。ぐちを言う。うらんで言う。

  

この心は、苦しみ、悩む心でもあるが、子供が居るから幸せである。 仮に、苦しみ、悩む事があるとすれば、自分についてでのみである。 その自分も、まんざらでもない。 金も、程々、持って居る。 それのみならず、本を読む術(すべ)も知っており、パソコンで遊ぶこともできる。 テレビを見ることも出来れば、足引き摺りながら歩くことも出来る。 現在に関する限り、正に、天下は太平であり、この世は春である。

 

では、過去はどうか、「去るものは、日々に疎とし」。 死んでしまった自分の兄弟姉妹の記憶は、だんだん薄れてゆく。 まして、従兄弟、祖父祖母のことは霧の彼方。 愛しい両親の記憶さえ、怪しくなってくる。 この伝だと、我が孫、子孫は、私のことを覚えていそうにない。 永代供養なんて、分ったような、分からないことを、世間では言うが,どうせコンピュター化された「ドライブ~イン供養」の時代が来るに違いない。 

 

現在こそ全て。 寡夫なら、寡夫で良い。 楽しかった記憶だけを懐にしまって、生きている楽しい現実を楽しもう。 「楽しさのみが、金科玉条」。 

 

すみだ川

♬ 都鳥さえ、一羽じゃ飛ばぬ、 昔恋しい、水の面 ♬  (島倉千代子

XXX さん 待っててね。