鞍馬天狗

夢寐のたわごと

慣れによる傲慢さ

この老人ホームには、80人強の老人(老爺、老婆)が居住している。 大半がボケたり、認知症を患ったりしている。 これらの老人を介護するヘルパーも多くいるが、施設側では、職員(ヘルパー)の人手不足を年中ボヤいている。

従って、新しく雇われ、直ぐ辞めてゆくヘルパーも少なくない。

 

直ぐ辞めてゆくヘルパーは別として、定着するヘルパーの態度の変遷が面白い。

当初は、もちろん、オドオドしている。 しかし、扱う相手がボケ老人であったり、認知症患者であったりするから、だんだんに(割に早く)図々しくなってゆく。 ところが、この施設には、「自立」、「要支援」など、退化の遅れている(?)人も、若干混ざっている。 彼等にも、自尊心がある。 それを、ボケ老人や認知症患者と、一視同仁に扱おうとするから、思いがけない苦情が噴出する。 あの人、「生意気だ」、云々。

 

一言で言えば、「馬鹿にするな!」に類する苦情が多い。 事実、ヘルパーたちは、入居者を馬鹿にしているのである。 彼等の視点に立って言えば、入居者は、馬鹿ばかりなのである。 自立した自尊心の強い入居者を別扱いするのは、難しい。 日頃、馬鹿たちを扱っているから、「習い性」と成り、勢い余って、自立者を馬鹿扱いしてしまう。 そこでへルパーたちは傲慢だ、と感じられてしまう。 老人たちは、知力さえ残っておれば、海千山千の経験者である。 20歳~30歳、40歳~50歳の小童が威張るのを、許せる筈がない。

 

この傾向は、自立、ボケ高齢者の混住集団を扱う施設の宿命である。 「老いては、子に従う」やわな老人ばかりじゃないから、味噌も糞も一緒に扱う老人ホームは、当然腐さる。 なんだか、こうと聴いてゆくと本末転倒のように感じる。 老人が傲慢になり易いのは頷ける。 それが若造が傲慢だ、というのだから、世も末と嘆かざるをえない。

 

この事態に拍車を掛けるのが、恐らく人手不足。 人手がないため、ヘルパーのなり手として、そのヘルパー自身が、高齢者の「身分(?)」に近いのに収入に困った元気の良い境目の年の老人(?)を契約社員として、臨時に雇われてくる。 そういう奴に限って、男である。 どこかに男女差別の気分を漂わせている。 不幸なことに、入居者の大半が、ボケた「老婆(女)」である。

 

既に、傲慢化している仲間(?)のヘルパーと一緒に働くのだから、「顎で」入居者を指示、支配する傾向は帯びてくる。

 

私は、憚りながら、彼奴らの手の届かぬ高見の年齢に達した、しかも男である。

こうした小さな社会(?)を睥睨(へいげい)する立場にいる。 老人ホームという小さな社会とも言えぬ箱庭を、高見から眺められる。 いと面白し。