鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

個人と機構(3)

 

個人と機構(集団)とを異なる観点から観察すべきだと言うことは、いろいろな角度に於いて考えられる。 私の住む老人ホームでは、 兼ねて(十数年)前から食事が不味いので、私は、拒食してきた。 80人前後の人たちが住んでいるが、その中の殆どの者が、拒食はしない(出来ない)ものの、食事が不味いことに苦情を訴えてきた。 

 

ところが、この施設の食事を美味しいと評価する人物が、最近現れた。 その言に違わず、この人物(老婆)、最近は、特に肥満が目立ってきている。 健康的な肥満というのではなくて、メタボリックシンドローム(肥満症)を疑わせる太り方が、目立っているのである。 以前は、スタスタと歩いていたのに、最近は廊下沿いに取り付けられたハンドレールに掴まりながら歩いている。

 

この女は、大多数が非難(避難)する不味い食事を、美味しい、美味しいと言って食べるのである。 此処の食事を「不味い」と考える居住者にとっては、はた迷惑な話である。 これじゃ、怠慢がちな厨房の連中をますます「のぼせ上がらせる」結果になる。 彼等が準備する不味い食事が受け入れられている証拠になるからである。

 

この現象は、生理学的な意味での「集団と個人」の相違によって説明されるべきではなくて、恐らく「健康人と病人」の相違として、病理学的に説明されるべきであろう。 だが、ここでも不幸なことに、「味噌も糞も一緒」原理が働いて、大多数の訴えは、無視されてしまう。 これが老人ホームの実態である。