鞍馬天狗

夢寐のたわごと

麻雀

麻雀は、複雑なゲームである。 勝負(勝点)を決める要素が極めて多いのである。 その要素を「役」と呼ぶ。 言い換えれば、「役」の種類が多いのである。 それだけに、熟練した者に、未熟な者の目を盗む(ちょろまかす)幅が広くなる。 このゲーム中は、未熟者は、自分の「手=役」を創るのに、夢中になっているから、熟練者が未熟者の目をちょろまかすのは容易である。 もちろん、他の遊び手も熟練者である場合は、そうも行かない。

 

麻雀は4人の人で遊ぶゲームである。 麻雀を遊ぶ人の人口は、最近増えつつあるとは聞いているが、全体としてそう多くはない。 例えば、私が住む老人ホームでは、麻雀を遊ぶことのできる居住者は殆ど居ないし、未熟者がやっと四人集まる程度である。 その四人も、最近になって、やっと集まるようになった次第で、それまでは、2~3人の雀手(じゃんしゅ:麻雀の遊び手)がずぅ~と、第四の遊び手が入居して来るのを、手ぐすねを引いて待っていた。

 

施設の入居者ヘルパーの何人もが、麻雀に熟達して居るが、施設側では、原則として職員が「勤務時間中に」入居者と「遊ぶ事」は禁じている。 ヘルパー(指導員)の中の麻雀に熟達した職員の一人が、本来の任務(受付業務)の手が空いているときに、入居者の麻雀ゲーム遊びに参加・助力することが認められている。

 

老人ホームのことであるから、仮に麻雀を「知っている」にしても。脳梗塞などのために、「手」が動かない、手が震える、などの人も多い。 麻雀では、136個の「牌(ぱい)」を麻雀用卓の中央に並べ、積み込んで、その中の牌を雀手が順番・交互に取捨し(出し入れし)て自分の役(手)を作るから、プレヤーの「手」は大きな役割を果たす。 手が震えていたり、自由に動か無かったりしたのでは、他の雀手の迷惑になるばかりか、ゲームそのものの進行が図れない。

 

麻雀の「役」のなかには、簡単に作れる「安役(やすやく)」もあれば、滅多に見かけない大三元、大喜和、四暗刻、緑一色、など、いわば「稀覯(きこう)な役」もある。 おそらく、こうした稀覯役に精通した熟達者にとっては、未熟者と遊ぶ場合こそ、こうした稀覯役を作ってみる試験の場になると思う。

 

麻雀は、認知症回復に有用だ、と唱える向きもあるが、そもそも麻雀は、認知症患者やボケ老人には、容易に遊べない複雑なゲームである。 このことが、老人ホームに麻雀人口が少ない所以(ゆえん)でもあろう。 正しくは、認知症「予防」に有効だ、と言うべきだろう。

 

と言って、私は、麻雀を取り立てて推奨している訳ではない。 単なる気晴らしに役立つゲームだと考えている。 読書、パソコン・サーフィング、などに疲れたり、飽きたりしたとき、そして必要な人数の「親しい」仲間がいるときに、有効な知的遊戯だとは思っている。

 

麻雀に「金」や「物」を賭けることを問題にする人もいるが、そのことの功罪は、トランプ遊び、花札、パチンコ、その他の賭け事と変わりはない。 非難する人は賭けることに問題を感じているので、ゲーム自体の問題ではない。

 

なお、日本には、碁、将棋で遊ばせる囲碁店と同じように麻雀荘(じゃんそう)という商売はあるが、各種ゲームで賭ける為の「カジノ」は、日本ではまだ許されていない。 この事実は、麻雀が既に、庶民の間に浸透した人間の興味を唆る(そそる)ゲームの一つであることを証拠立てている。

 

ところで、麻雀の老人ホームに於けるあ有用性だが、「回復」とまでは行かなくとも、入居者の認知症進行、老耄化「予防」を目的に、麻雀を老人ホームへ取り入れるのも、有用であると思う。 有用どころか、人数は少ないだろうが、麻雀好きには、大いに楽しめる。

 

いまひとつ、麻雀遊戯には、得点の計算と言う難しく面倒な「暗算」が付随する。 この得点計算は、一ゲーム終了後、即刻行わないと(従って、稀に暗算、通常は得点表の記憶)、次のゲームが行えないので、迅速で無ければならない。

 

この計算は、正常な頭を持つ健常人でも辟易(へきえき)する。 よほど、麻雀慣れし、得点表をほぼ暗記した人物でないと、即刻の計算が行えないので、 四人のプレヤーの内の少なくとも一人が、麻雀慣れした人物であることが望ましい。