鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

パクリ(盗作)

パクリは非難される。 例えば、中国人が、日本の「クマモン」やアメリカの「ミッキー・マウスそっくりのキャラクター人形を、堂々と作って、金儲け(商業)目的に使って、稼いでいるとかの非難である。 その結果、版権とか、特許権とかが主張され、世間が騒がしくなる。

 

こうした非難は、国家的規模に於いても為される。 とくに、(軍事的)兵器や電子機器(コンピュータ)、については、「パクリ」が多くなりやすい。 そこで、「国家的機密の漏洩」や国家によるハッキング、延いては国家による銀行預金の横領・窃盗といった大問題まで起こってくる。 

 

こうした非難は、了見が狭い、「良いものは、真似たいと思わせるほど良いのなら、真似させたら良いではないか」、「もっと広い心を持つべきだ」という主張もある。 

 

注:明治5年の専売略規則施行停止以後再開が望まれていた特許制度ですが、その制定作業が本格化するのは明治14年農商務省設置以後のことでした。 農商務省は専売特許について調査を行い、明治17年2月太政官に「発明専売特許条例按」を上申しました。

 

(当時の)農商務省案(は)発明の定義として、臥雲辰致を例に説明しています。 ここでは、臥雲の綿糸紡績機械のようなこれまで用いられていなかった事物の創造を「発明」とし、従前世の中に存在していてもこれまで用いられていなかった事物を検出して実用に適応させることを「発見」、従前の機械器具等に工夫を加えるなどしたものを「改良」と定義しています。 この農商務省案は、元老院等で審議され、明治18年4月18日「専売特許条例」として公布されました。「専売特許条例」では、専売特許を受けるための要件や、専売特許の存続期限を認可の日から5、10、15年のいずれか特許取得者が選択した期間とすること、発明者が特許後2年以内に不実施の場合や発明品を輸入した場合は特許を無効とすること、手数料などが定められました。 また、外国人の特許取得は認められませんでした。

Web辞書

 

上記条例の説明を見ると、専売特許⇒特許は、明らかに、「先主(占)権=先守利益=先取りの利益」を認めるものであることがわかる。 かつ、その利益取得に年数「制限」を設けていることにも着目すべきである。 

 

そう考えると、花見やその他の「見物・鑑賞」やその他の利益確保(場所取り)とは、それほど違わないことも分かるし、本来、何らかの制限が設けられるべき権利であると考えられていたことも明白である。

 

こうした陣取り(国盗り)合戦に駆け回ることは、日本の伝統的倫理観から言えば「浅ましい行為」である。 ましてや、国際的陣取り合戦は、浅ましい限りだ。 日本は、先の太平洋戦争に負けて、多くの陣を失い、陣取り合戦参加を止めた。 未だ、中東では、陣取り合戦をやっているようようだが、こんなバカげた、かつ悲惨で悲しい合戦は止めたほうが良い。

 

国際連盟が、国際的陣取り合戦の監視・停止の音頭を採っているが、常任理事国(全世界戦争の勝利国)が、「音頭取り」をやっている限り、陣取り競争は収まらないと思う。 と言うのも、彼等自身が、競争に励むからだ。 パクリの本元は、人間の競争心にあると思う。 「出し抜き」、「自分第一主義」、が、パクリの根底にあるからだ。

 

人類(政治家じゃない)は、最近に至って国々の「際」を越えた「グローブ(地球)」に着眼するようになってきた。 発明・発見の実は、人類全体が認め、享受すべき時代になってきている。 発明者、発見者に報いるには、「当人への利得=金」ではなくて、「名誉の表彰」、「栄光」、「賞賛」を持って為すべきである。 ノーベル賞もその一つである。 ノーベル賞の「格」が高すぎるというのなら、規模の小さな、地域社会の、近所の、町内・隣組の「賞」、「名誉」を授ければ良い。 問題の要点は、他人の「功」を認める心の広さにある。

 

パクリ(盗作)を謗る(そしる)ことは、容易である。 しかし、忘れるな。 我が日本は現代でこそ、科学技術の先進国を誇っているが、その昔、日本の諸製品は、「メイド・イン・ジャパン」と、安物、紛い物、パクリ製品の代名詞であった。 人は、「学ぶ(真似る=まねる)」ことによって成長する。 パクリは、成長の源である。 近代日本も、西欧を真似、そしてパクる事によって、成長・発展してきた。 パクリを責めるのではなくて、パクリに依って、利得追求(金)を専有しようとする姿勢を責めるべきである。