鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

羊頭狗肉

注1:みなさんは「ねこまたぎ」という言葉はご存知でしょうか? 初めて耳にする方いると思いますが、この言葉は魚についての言葉です。 つまり、魚が好きな猫でも、食べないで、嗅いだだけで、またいで通り過ぎるほど、不味い魚という意味です。(Web 辞書)

 

幸か不幸か、この日のこの老人ホームの夕食は、外部食事供給会社に委託した「豚マタギ」でした(猫じゃなくて、敢えて「豚」という訳は、豚の方が猫よりも、選り好みせずに何でも食べると思われるからです)。 メニューの内容は、①栗ご飯、② 秋刀魚の塩焼き、 ③ニラと玉子の炒め物、④ 金時豆煮、⑤ お味噌汁、でした。 幸というのは、私の方が、この不道徳行為の被害者で、加害者(食事供給会社=の職員)ではなかったからです。

 

注2:羊頭狗肉(ようとうくにく): 羊頭狗肉とは、見かけと実質がともなわないことのたとえ。立派なものをおとりに使い、実際は粗悪なものを売ることのたとえ。

(狗肉とは、犬の肉のこと)。 羊の頭を看板に掲げながら、実際は犬の肉を売って誤魔化すこと。 無門関・六則に「羊頭を懸けて、狗肉を売る」とあるのに基づく。 また、「晏子春秋」には、猶牛首を門に懸けて馬肉を売るが如し」とある。(Web 辞書)

 

この料理を出されて、私は、「味噌汁」は飲みました(多分、化学合成調味料を加えただし汁)。 「サンマの塩焼き」は、ヌルヌルした皮の部分を除いて食べてみました(メニューには「塩焼き」とありましたが、塩の味は殆んどせず、焼きでもない、むしろ「蒸し」とも言うべき代物でした。 この時点で、食事を止めました。 豚でも敬遠するような不味い味だったからです。

 

豚に認知症があるかどうか知りませんが、健常な豚、ましてや、健常な人間なら、到底、口にすることの出来ない代物が、90人近くの老人が住んでいるこの老人ホームでは、高額(!)の料金を取って、提供されているのです。 私は、義憤を感じました。 この施設に居る居住者の大半は、老耄の老爺、老婆、そして、認知症患者です。 何人もの人が車椅子に乗っています。 歩行器の助けを借りて、やっと廊下を往来している人も居ます。 彼等は外食は、もちろん自炊も出来ないのです。 従って、この老人ホームに住む老人たちにはこの「豚マタギ」の食事以外に、自らの生命を保つ手段が与えられていないのです。

 

と言って、老耄した、そして認知症を患う居住者には苦情を述べる知力・気力もありません。 ただ、唯々と「サイレントに」与えられた(出された)料理を食べるより他の手はないのです。 食事を担当する会社の職員はサイレントな顧客(入居者)の希望を掘り起こさなければならない、と嘯いています。 そのセリフは、「乞食のお粥」、「黒豆のお粥」のようなものです。

 

注3:「乞食のお粥」、「黒豆(2つの目が映っている)のお粥」のどちらも、「薄いお粥」という意味で、「米が入っていない湯ばっかりのお粥」=「云う=湯ばっかり」で、実の無いこと。

 

こうした黒豆のお粥を飲まされ続けて、私の場合は、十数年になります。 この加害(犯罪)は、私のブログ「個人と機構(集団)」でもなく、繰り返し述べているように、職員個々人の問題(犯罪行為)というよりも、会社=機構が為さしめる犯罪であると思います。

 

以上に述べた加害は、感覚的には、どこかの世界の暴力問題で、被害を受けた側の親方が、全てを警察に委ね、沈黙を続けている状態を連想させます。 加害者は、立場の有利性を利用しているように感じます。