鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

念(ねん)とは、何でしょう。 念の為、まず調べてみます。

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ねん 【念】

④ 仏

三省堂 大辞林

用例: 念が入る ・ 念が残る ・ 念が晴れる ・ 念に掛ける ・ 念には念を入れる ・ 念の為 ・ 念も無い ・ 念を入れる ・ 念を押す

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念には、念を入れてみました。 要するに、「心」なんですね。 私のような老人で、それも少々ボケていますら、よく物事を「失念」します。 「どうぞご放念ください」と、ご親切に他人様に「忘れてもいいよ」と念を押されなくとも、こっちで勝手に失念してしまうのです。 その結果「残念・無念」と切歯扼腕することも多く、念の晴れないことが多いのです。

 

残念は、心が残りますから、いけないのですが、「無念」の境地に達しますと、悟ってしまうのですから、無念さ(?)は残りません。 要するに「ボケッ」としてしまうのですな。 明日は忘れて、他のことを楽しめます。 老人ボケ、認知症は、この境地ですよ。 不浄の気持ちを忘れて、天下泰平がを楽しめるのです。

 

禅坊主は、苦心惨憺の修業の結果、漸く、無念の境地へ達することができるそうですが、我々凡人は、修行せずとも簡単に「無念!」と感じることが出来ます。 これは凡人には、心が出来ていないからだと思います。

 

その意味で、「心」という代物は、本当に厄介な代物ですな。 ボケてしまって「心なき者」として、心にもないこと(?)をしたい放題なら幸せでしょうな。 すれば、人生は極楽浄土。 心が、苦しみの元! 心なき奴らは羨ましいですな。 念を押すまでもありませんが、残念ながら、凡人には、心が備わっています。