鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

老婆の品定め

この狭い世界にも、「口コミ」はある。 私が住む老人ホームの入居者総数は、約80人強。 ボケ、認知症、健常者(自立者)、いろいろ取り混ぜての80人強だが、概して、健常者(自立者)の数は少ない。 他方、老婆の数は多い。 さた、いかに老人とはいえ、老婆とて「女」。 女が3人寄れば、姦しい。 

 

老婆の館になり易い老人ホームは、概して、喧しい。 中には、病的にうるさいのもいるが、と言って、大した話題がある訳ではない。 有るには、あっても、「他人(ひと)の噂か独り言」。 話題のテーマには、間欠的に交代(転勤)して行く施設長を始め、職員、その他入居者仲間が槍玉に挙げられる。 「あの人は、怖かった、キツかった、図々しかった、馬鹿だった」から、「あの人は、死んだが、なんの通知もなかった、あの人が若かった頃は、綺麗だったでしょうね」の人柄・人品の良さ悪さはもとより、仲間の祝い事、喧嘩、等々、つい最近の「いけず(いやがらせ)」、「下手(失敗)」、などの小事件、云々も、話題に事欠くことはない。

 

仮に話題に困ったにしても、作れば良い。 あること、ないこと、頭の先から、尻拭いの自慢話まで、「言わずに取っておこう、抑えておこう」の節制はない。

死んだように弱っていた仲間が、ある日、突然、見えなく成っても、施設恒例は、入居者の死亡の事実は、明らかにしない。 時の流れとともに、消え行くのみ。 その消え去るまでが、良い話題の元(基)になる。 憶測ばかりが流れ出て、花が咲く。 死に花を咲かせるとは、この事か! 

 

老人とても、風呂へ入る。 介護の必要な老人の入浴には、厳重な監視が必要である。 いつ、「パタン・キュウ」と逝かないとも限らない。 無残な溺死となると、施設の名誉に関わる。 おそらく、その為であろう「機械浴」と言う奇妙な入浴がある。 そのための特別室すら設えられているらしいから、健常な自立者には、想像もつかない。

 

老婆の入浴は、男のヘルパーのヘルプなし得ざるところである。 老婆といえども、やはり女。 足腰が動かなくとも、やはり女。 いやさ、足腰が動かなければ、なおさらのこと、男三助(三助は昔から男に決まっている)に、背中や身体のあちこちを「なでたり、擦ったり」されるのには、老婆なら「耐えられません」と苦情を述べたくなるのは、やむを得ない。 そこで、三助ご指名、女三助登場の運びとなる。 このことに、人手不足が拍車を掛ける。 男は、「物の役には立たん」。 ナース、介護人は、女に限る。 看護「師」、「介護「師」なんて、馬鹿なことを言い出したのは、おそらく「馬鹿役人」か「バカ学者」。 テメらだって、女房に男を嫁に貰おうとは思っては居まい。

 

老婆や男は、柔肌には恵まれていない。 これは、「天」のなせる業。 天は、「女の上に、男を作らず」とは言え、「女を男と同列に作った」わけでもない。

「適材適所」こそ、人の出来うる限界である。 「材」を作るは、天。 「所」を作るは、人為。 従って、人の為し得るところは、「所」の塩梅のみ。 老婆の「姦しくあれる」のは、「所」のみ。 「所」の良し悪しを論じるのは、勝手でしょ。 どうせ「格子無き牢獄」に囚われの身。 せめて、職員、ヘルパーの良し悪しを、心の安らぎの種にするぐらいは、許してね。