鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

汚濁の真っ只中

20年近くの有料介護付き老人ホーム暮らしで、漸く気付いたことがある。 この種(有料介護付き)では、世間の一般老人を「篩(ふるい)」にかけて、「特に」介護を必要とする老人を「有料で」引き受けている。 その結果どうしても「篩」を通した「よりすぐり(?)」のダメ老人が集められやすい。 しかも、老人、つまり高齢者は「認知症」に罹ったり、ボケたりし易すく、さらに、仲間(ボケ)同士のシンドローム現象もあって、ダメの程度が「濃く」なり易い。

 

有料介護付き老人ホームは、殆んど例外なしに、「自立、要支援1、および2」に併せて、「認知症患者も、相談に応じて入居させる」から、① 自立老人は、「ダメ老人」の坩堝の中へ、引き入れられる。 ② 制度として「ダメ老人」を「掻き集めて」いる。

 

これは、自立可能な老人にとっては、不幸な環境である。 ダメな老人は、通常、意思疎通に欠けるところがある。 極論すれば、ダメの程度にも依るが、ダメ老人は社会参加ができないため、自立老人との人間関係が成立しないことも多々ある。 自立老人が、孤立化されやすい環境である。

 

世間、主に行政、の「煽り」もあって、ダメな老人を救うシステムのあり方や創設がテレビ、新聞、などを通して、煽りたて、喧伝されているが、「煽らなければならない」ほど、ダメ老人の救済は難しいのである。 すでに、そうしたダメ老人の坩堝に、はめ込まれている自立老人の救済は、どうなるのか?

 

事の原因は、① 行政の「無能さと無策さ」、② 老人ホームの「事業化」、 ③ 自立老人とダメ老人の「混住」、にあるように思う。 言葉は古いが(差別用語として、意識的に避けられている)、「廃人」、「ダメ障害者」、「ダメ高齢者」保護・支援に力を入れ過ぎて、健常老人(老化故に体力の衰えた人)への適切な配慮が欠けているのではないだろうか? ダメ老人、ダメ障害者、ダメ高齢者の労り過ぎは、「過ぎたるは及ばざる」が如き結果に終わる。