鞍馬天狗

夢寐のたわごと

陰 徳(A)

つれづれなるままに、ひくらし、すずりにむかいて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ 。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・徒然草序の段(吉田兼好

 

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注1:暇に任せて、一日中、パソコンに向かって、思いつくままに、くだらんことを意味もなく、打ち込んでゆくと、キチガイめいた、バカバカしいものに成る。・・・・・現代語訳(鉄道大臣)

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全く、その通り。 自分の常軌を逸した繰り言、戯れ言、妄想、愚痴、批評、感想、評言、主張、提案、の数々、思い起こすも、汗顔の至。

 

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現代は、案外こすっからい連中が幅を効かせている。 一にも、二にも金儲け。

例えば、「版権」、「なんとか所有権(占有権)」が皆そうだ。 原権所有者の死後何年間は、原権所有者の家族、一族に、その権利(の切れ端ですらも)が残るように、何も彼にもの」「なんとか権」を永劫に(?)保護することは行き過ぎである(過ぎたるは、及ばない)。

 

原権を永劫の(?)権利として保護する(?)のは、その原権が、ノーベル賞に値するほどの大層なものに対するものなら、保護するのも頷ける(?)が、専売特許のような金に目の暗んだ(事業化を狙う)小さな物に対する権利もある。 たまたま、私が、そうした「権」に値するものを「考え出す才」や「見つける運」に恵まれなかったことを、僻ん(ひがん)で言うわけではないが、もっと大らかに「権」を公(おおやけ)に開放する心の広さがあっても良いのではないか。

 

「陰徳」ということもある。「陰徳を積む」と聞くと、なにか特別なことをしなくてはならないという感じがするが 、実際は、陰徳を積むことは特別なことではない(実は、途方もなく偉大かもしれないが)。 長い歴史を通じて、世の中の成功者の多くは、陰徳を積んで(別言すれば=金の亡者の言葉を借りれば、あえて損を顧みず)、現在に至っている。  

 

その代わりに、彼等は必ずしも望んでは居なかっただろうが、今日に至るも、そして未来の長きに渡って、名誉、そして多くの人々の尊崇を克取っている。

 

話は、大袈裟になるが、ニュートンは、「引力の発見」に何の権利も設定していない。 空気や水にも、権利は設定されていない。 しかし、そのお陰で、我々人間は、この地上に、「無料で」、寝たり、立ったり、動いたり、しておられるし、呼吸し、生きておられる。 そこまで、大きな話ではなくとも、そのような「無権利」のまま公開されて、我々が恩恵を受けている偉大な発明、発見は、史上に数限りなくある。 

 

人間に自然の状態で本来与えられている権利(生存、所有、etc.)に加えて、社会契約制度上の「権利」という無形の悪魔が、人間の心の中へ占有権、所有権、などと形を整えて、忍び込んできたのは、主に、産業革命時代(18世紀:ロック、ルソー、etc,)、資本主義勃興、以降のことだと考えられる。 

 

万有引力は、制度化することは出来ない。 同様に、空気も、水(自然水)も、音響も、制度化は無理である。しかし、特定化された水や印刷物、思想・観念、感覚(例えば、音曲、色彩、模様、)、は、権利として制度化出来る。 そこに着眼した金の亡者(起業・事業家・政治=行政家)たちは、群がり始めた。 

 

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注2:陰徳=陰徳を積む: 「陰徳(いんとく)を積む」とは、 人知れず密かに良い行いをすること。  人から尊敬される素晴らしい人間性を持っている人は、必ずこの陰徳を積んでいます。 長い年月を通して積み重ねられた陰徳が、その人を通して醸し(かもし)出されます。 その「徳」を私たちは肌で感じて、 そこに含まれる、人とにしての深みや温かみ、強い意志、などに対して尊敬の念を抱くのです。 他方、どれだけお金持をもっていようとも、どれだけ社会的に高い、はたまた重要な役割を担っていようとも、「なんだか薄っぺらだなぁ」と感じる人がいます。  そういう人には、陰徳から醸しだされる「何か」がないので、薄っぺらに感じてしまうのです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 引用元 Wikipedia

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「儲けよう」と願う気持ちは、陰徳の行為とはかけ離れている。 損得を考えないで、善行を積むことが陰徳だからだ。 昔、「滅私奉公」という言葉があった。 現代の政治家、事業家は、「滅公」「奉私」な連中で溢れている。

 

例えば、悲しいことに、核爆弾保有に、「占有権」を設定している大国が、いくつかある。 核爆弾保有は「有料=有資格」でなければならない。 そこには、人類全体の生存の自由を求め、願う気持ちの欠片(かけら)もない。 自国(自国民)の生存・繁栄のみを願う「~ファースト」の亡者主義である。

 

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注3:江戸時代の陰徳偉人の若干例:

江戸時代も後半になると、幕府の政治や役人の汚職に対して不満を持つ者がだんだんと増えていった。 中には幕府に対して実際に強硬手段に出る者も現れるが、大塩平八郎はそうした幕末の動乱につながると反幕府いう流れを形成したという点では、最も早い人物かもしれません。

A.大塩平八郎

民衆を救う為に反乱を起こした役人 大塩平八郎 (おおしお へいはちろう). ○ 活躍した時代 は、1793年~1837年 江戸時代 。 1793年 与力(よりき)の大塩敬高(おおしおよしたか)の長男として、大阪で生まれる。 1813年、 大塩平八郎が林述斎(はやしじゅつさい)に朱子学(しゅしがく)を学ぶ。 後に陽明学(ようめいがく)を学ぶ。 1818年 大塩平八郎が与力番代(よりきばんだい)になる。 1824年 大塩平八郎儒学者(じゅがくしゃ)の頼山陽(らいさんよう)を知り、交流を深める。 ..

 

B、林子平

「海国兵談』を寛政3年(1791年)、仙台で上梓。 しかし、幕閣以外の者の幕政への容喙(よ

うかい)はご法度として、本書には発禁処分が下され、『海国兵談』は版木没収の処分を受けた。 しかし、その後も自ら書写本を作り、それがさらに書写本を生むなどして後に伝えられた。  最終的に、仙台の兄友諒の許へと強制的に帰郷させられ、蟄居に処される。 蟄居中、その心境を「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と嘆き、自ら六無斎(ろくむさい)と号した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(Web 辞書)

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日本の国でも、世は、変わらん。 体裁だけは、「民主主義」でも、その実は、一党独裁。 版木没収の代わりに、嘘で押し通し、発言の自由は、不自由党に口裏合わせで押し切られている。 だが、最近は、インターネットによる写真、動画の記録(保存)もある。 嘘、口裏合わせは、通らない! 江戸時代の幕閣閣僚(老中、など)も、現代の嘘付き大臣諸侯も似たようなものだが、言訳、言い逃れと嘘で、固めていても、現代は、通信の進んだ時代だから、結局は、遅かれ、早かれ、ばれるに決まっている。 恥を知るなら、恥を掻く前に、白状する方がよい。